2008年12月2日火曜日

FYI シニアの接触メディア

ブログの住み分けを考え中…

っていうか、
個人ブログとプロジェクトブログを分けた方がいいよな。

うーん、
ちゃんと設計しないと。


これ、おもしろい。

アクティブシニア層のインターネット利用動向(上)--アクティブシニア層の接触しているメディアとは?!
http://www.e-research.biz/profile/003986.html

「シニア」もシニアではくくれない時代ですね。
携帯・PCの使用率高い・・・

2008年11月27日木曜日

報告

長らくご無沙汰していました・・・

見てくれている(奇特な!?笑)方には
ご迷惑おかけしました。

実は、ブログを新しくつくりました!


▽It's a Wonderful Journey
http://ytomohiro.seesaa.net/


いよいよ実名で書いていきます。

旅をする人生と
人生という名の旅について
旅行記を記したいと思います。


2月1日から限界集落と呼ばれるところを中心に
島や中山間の過疎地域を巡って日本一周してきます。


どんな形になるかはまだ分かりませんが、、

詳しくはそっちのブログを見てもらえたらと思います。


こっちは一応クローズドなので
公開できないような悩みとかがあったら
書いてみたいと思います。


それでは、、
いつもどうもありがとうございます。


今日も一生懸命、
今を生きています。

2008年11月18日火曜日

【転載】ひとつの決意

同じく転載。

あの頃の理想に、
ぼくは近づけているのだろうか・・・



2007.08.20
ひとつの決意


「なんとかなるって」という言葉を口にした瞬間、
「なんとかしなければいけない」義務を負うと知っている。

今まではたいてい、なんとかしてきたつもりだ。
大事なことは"気持ち"。
だから、その人がなんとかなるって思って努力することができれば、
たいていのことはなんとかなるのだ。

それは自分自身も同じ。

でもこれからお金を稼いで生きていくとき、
それはとてつもなく難しくなっていくだろう。

誰かの期待に応えられないというのは辛い。
善意が憎悪につながることにもなりかねない。

そうは言ってもやはり、
いつでも楽観的に人を勇気付けられる存在でいたい。

自分の周りにいる人たちがポジティブに生きられるような存在になりたい。

そのためには、もっともっと成長しないと。
周りの人も幸せにできる"武器"を身に付けないと。

「なんとなかなるから大丈夫」
あらゆることに対して、この言葉を、責任持って
言えるような存在になれるよう、強くなりたい。

【転載】 大学以前。

以前に書いていたブログ
(すぐに消滅したけど・笑)
せっかくなので残したいと思ったので転載します。


2007.08.19
『大学以前。』


三年前の春、18年間過ごした大阪を離れ、上京した。

高校生活を懸けたラグビーで不本意な結果を残し、
勉強も課外活動も全くしてなかった高校生活は満足できず、
大学受験も落ちた。

そんな僕がもう一度輝くためには早稲田しかなかった。

憧れの大学に合格するという、
不可能と思える目標を達成することしかなかった。

がむしゃらに、自分を押し殺して浪人生活を送った。

辛かった。

それは勉強が嫌いだったからとか、
目標が高かったからとかじゃなかったと思う。

人生で最も充実した時間を、
溢れるくらいの想いを持っているのに
なにも形にできない自分に対する苛立ち。

もう一度負けると、
今度こそ自分は二度と輝けなくなるのではないかという焦り。
自分へのプレッシャー。

模試の結果も高校の先生も予備校のチューターも親でさえ、
「早稲田は無理でしょ」っていう判断を下していた。
信じるのは自分だけ。

あの一年間、ぼくは生きている実感を持つことはなかった。

そんな感じだったからか、
合格した後も予備校に行くことができなかった。
高校時代も振り返るのが怖かった。

ただ、それまでの過去から逃げるように大阪を離れ、
0から新しい自分をスタートさせたかった。

あれから三年。
東京での自分は全てのことに一生懸命打ち込んできた。

そしてこれから新たな人生を歩むにあたって、
あの頃置いてきたものと向き合わないといけないと思った。

いろいろなことが変わっていて、
でも変わらないものもあって。

でもこうして向き合える自分になっていることが
なにより大きな変化だったのかもしれないな。

まだまだなにもできない自分やけど、
全てのことに感謝しながら少しずつ歩みを進めていこうと思う。
大事なものをしっかり大切にしていかんとなぁ。

2008年11月11日火曜日

HOW or WHY

このところ、
一日の価値が高まってきた。

久しぶりだ。
ひょっとしたら大学3年生以来かもしれない。

とは言っても、
別に毎日ポジティブというわけではなくて、、

順調だと思って、
いい気になって走っていると、
ずぼっと溝にはめてくれる人がいる。

足を取られて、考える。悩む。葛藤する。
自分の未熟さに落胆する。


圧倒的に、足りない。


でも、
悩んでいてもなにもはじまらない。


まずは、足りないものを認識しよう。

そして、
それが自分にとって
どれくらい必要なことなのかを考えよう。

かなり必要なことならば、
今すぐ小さな一歩を踏み出そう。


そう思って、
昨日も一冊の本を買った。


最近は、
こういう衝動的行動を大切にしている。

鉄は熱い打ちしか変型できないのと同様、
自分も想いが熱いうちしか行動が生まれない。
そんなことが分かったから。

自分のクセを知ることは、
自分をマネージする上で結構大事なんだなと
そんな当たり前のことに今頃気がつきました。


と、またテーマから逸れてしまう。

どうも到達点を定めて、
そこに向かうことが苦手だ。

今、文章を書きながら、
また当たり前の自分に気づいてしまった。

んー。
人生もそうやし、誰かと話していてもそうやな。

変えたくないところもあるけど
少し変えたほうがいいかなと思う。

この気持ちもまた、大切にしないとな。



さて、本題に戻す。

昨日、尊敬している先輩の一人に
自分のことを話した後に言われたことがある。


「Howにこだわりすぎるところがあるよね。
 Whyの方ももうちょっと磨いてみたら?」


この言葉、その時は分からなかったけど
よくよく考えてみると結構納得できた。

Whyを大切にしていないわけじゃないけど、
ニュートラルに自分の価値観と向き合うことを恐れていたかもしれない、、

哲学、思想的なことに関して
いろいろかじるけど
しっかり学ぶことを避けていた。

立ち止まって、
自分の価値観に向き合うことなく
いつも即興で垂れ流してしまう。

言語化するための静寂を持つことを避けていた。

だから、
人に伝わらないことを恐れて
人に伝えることを避けてしまう。


それは、
「他人のことは気にしない」と思っていたが、
実は誰よりも他人に受け入れられないことを恐れていた…
ということなのかもしれない。


自分の認識している自分と逆の自分。


実際にそうなのか、
そうじゃないのか、
今の時点で断言はできない。


でも、、
だからこそ
分かりやすい行動レベルの選択にこだわって
いろんなことをごまかしていた。

そうかもしれない。


昨晩、冷たくなった風を感じながら
夜道を歩いていて気づいてしまった事実。



そして、
今日一日考えて出した結論、


絶望するくらいの壁にぶち当たるまではHowにこだわる!

自分の弱い部分に目を向けて、Whyと向き合い続ける!



こんな稚拙な結論が、
自分らしくて好きだったりする。



今日も、
理想の自分に及ばない自分に
ちょっと失望しながら・・・
でも明るい未来を描いて走り出す。


今を生きる。

2008年11月9日日曜日

「限界集落」を考える

10月25~27日に行った富山県の感想を
報告メールに書いたものがあったので貼り付けてみます。

ちなみに、この前には富山県魚津にある小菅沼地区という
限界集落(※)の耕作放棄地の有効利用に関する
ワークショップなどを住民の方と一緒にさせていただいた。

(※限界集落とは、住民の50%以上が65歳以上の集落を言う)
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%90%E7%95%8C%E9%9B%86%E8%90%BD

・・・とは言っても、
形式的なワークショップの時間は少しだけで、
草刈りを手伝ったり、種を撒きをしたり。

でも一番は、
すっごく趣のある古民家で
囲炉裏を囲って地元の山菜料理などをつまみながら
お酒を飲み、語りあったことがメインだった気がする^^

囲炉裏でしいたけやらお餅を焼きながら
じいちゃんたちの経験を聞かせていただく。

都会にはなかなかない、タテのつながり。

自分たちにとってはもちろん勉強になるが、
きっとじいちゃん達も得ることがあるんだと思う。

まさにWin-Win。
改めてこの価値を実感したのでした。

んで、翌日、同行した皆さんが帰京した後
自分だけ残って紹介してもらった農家さんのところへ・・・


以下、報告メール添付。


ご紹介いただいた
橋本さんご夫婦が営む「土遊野」に行ってきました。

越中八尾駅に車で迎えに来ていただき、
15分くらいでしょうか?地名は「土」。
集落は他に誰も住んでおらず、
橋本さんの家と、研修生が空き家に住んでいます。

道中に富山平野の夜景を見下ろしながら山を登り
家の前に降り立った瞬間、空気が違うのが分かりました。

その夜は、無農薬玄米や自家製無農薬有機栽培の野菜など
全て土遊野で取れたもので作った手料理を
ご馳走になり、夜中まで話をさせていただきました。

折しも、伊藤ハムのソーセージ回収のニュースが流れていて
日本の食や農の問題を話していると、
橋本さん夫婦の農業にかける想いが
ぐさぐさっと僕の心を刺しました。

 無農薬の農産物を作りながら、
 ごまかしのない人生を生きている。

一言で言うと
そんな印象でした。


そして、順子さんの、
「東京こそが限界集落だと思う」という言葉を
無限に可能性の広がる"限界集落"で聞いたことで
妙にしっくりきてしまいました。

小菅沼で聞いたら違和感があったと思うのですが
この差はなんなのか、、

皆さんだったらどう思いますか??
東京は限界なのか!?^^


土遊野は
元々の住民が持っていた休耕田を借り受けているため
けっこう広大な農地があります。(広さは忘れました(笑)
売上げは、ファームステイも含めると1500万円くらいあるとのこと。

鶏と米がメインのようですが、
他にもヤギや果樹、野菜が本当に多品種ありました。

鶏舎で集卵作業をお手伝いしたのですが
集めている最中にも
"ごろん"と卵が生み出されます。

持つと、ぬるっと膜ができていて温かい。

「そっか、卵も生みたては温かいんだな」
と、示唆深い経験でした。

ぼくらが手にする卵は冷たいのが当たり前。
こんな当たり前のことも分からなくなってるんだなーと
自らの無知さを実感。


また、マイクロ水力発電のモデル取り組みがもうすぐ開始するようです。
これによって、家庭の電気+電気自動車の充電が可能になり
エネルギーもほぼ自給ができるようになるそうです。


あ、そうそう、
行った翌日が米の収穫打ち上げの日で
運良く(悪く?)居合わせてしまったので
みなさんと一緒にキリタンポを作って食べました!

研修生の方が3人と、
研修中に一緒に住んでいる家族の方らと
一緒に囲炉裏をかこんで昼間から日本酒を…
かなり贅沢な一日でした。


まだまだ書きたいことがあるのですが、
時間もないのでこの辺でとどめます;


本当に無限の可能性を秘めている地域でした。


そして僕なりの
限界集落に関する結論は、

「モノではなく、ココロの問題」

ということです。


たしかに猿、利便性、米価低下は問題だけれども
奥深い自然を「美しい」と取るか「不便だ」と取るかは
ココロの問題だということ。

行政の取り組みによって、
バスが走って
米の値段が上がって
猿がいなくなっても
ココロが豊かになるかどうかは別問題。

土遊野の
「遊」=わくわくする心
だと順子さんが言っていたのですが
この辺りがカギになるんじゃないかなと思いました。


そんなわけで、
やっぱり限界集落は宝物の山でした。



**おしまい**


ちなみに、小菅沼でのワークショップではネガティブな意見が多かった。

利便性が悪い、
農産物の価格が下がっている、
猿や熊が出る、
高齢化が進んでいる、、

だから、集落は発展しない、と。

果たしてそうなのだろうか??

土遊野は、集落に一軒だけで住んでいるけど
そこは無限の可能性があると感じさせる。


一度の旅で、
この差を体感できたことは本当によかった。

山本さん、ありがとうございます!

2008年11月1日土曜日

【10月31日】人生=作品。

どんなに格好悪くて不器用でも
自分の信じた道を納得して歩みたい。

人生最大のリスクは、
未来の自分の後悔。

死ぬ時に、
「ああ、最高の人生だった」と言える瞬間を積み重ねること。

別に
最短距離を行くことじゃない、
周りより早く走ることじゃない、
失敗しないことなんじゃない。


自分が死ぬ間際に、
全ての人に「旅行記」が出版されると考えよう。

そこには人生のあらゆるシーンが
写真と共に紹介されているとする。

どんな内容が書かれていて欲しいだろう。


ぼくはそれを、
最高の旅行記にしたいと思う。

だから、
思わず天国でもにやけてしまうくらいの
とびっきりの作品を生きたい。

ちょっとくらい山あり谷の方が楽しいし、
ちょっとくらい葛藤や矛盾があった方が盛り上がる。


そこになにが書かれているか。
それは自分を欺けないものだと思う。




がんばろーっと。

2008年10月21日火曜日

【10月21日】「働く」について少しだけ考えた。

今日は秋晴れ。

こんな日は、未来が明るく輝きだす。

環境って大事だな、やっぱり。

木々の木漏れ日の中、鳥のさえずりを聞き、
おいしいモノを口にしながら好きな仕事をする。

こんなに幸せなことはないなと思う。
仕事内容も大事だけど、
毎日働きたくなる環境作りも大切だなぁ。

…とそんな環境の中で妄想を膨らませています^^


話は変わるけれど、
最近は「プロフェッショナル仕事の流儀」にはまっている。

本当に毎回考えさせられる。

ぼくが感動する人というのは、
過去にどんなすごいことをやったかではない。

過去ではなく、今を生きている人。

本当に尊敬する人は、
今を一生懸命に生きている。

今を生きる人は、決して驕らない。

実るほど頭を垂れ、
謙虚に自分と向き合っている気がする。

どこまでいっても不完全な"裸"の自分で"will"を持って生きる。

働くということの意味を考えさせられる。

終業時間を楽しみにするような人生はいやだ。

それは、なにをするかではなく、
自分だけの問題なのかもしれない。

今日も感謝を忘れず、
今を大切に生きよう。


▽茂木健一郎の「超一流の仕事脳」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080912/170352/

茂木さんの記事はすばらしいです。
毎回、収録当日に書いているみたいですが、これぞプロフェッショナルだなと。

あと、
ホスピスで働く田村さんの放送はぜひ見てもらいたいです。
何度も再放送をしていて、この前二回目に見たけど
涙が止まらない・・・それくらい素晴らしいです。

作り手の想いもずっしり伝わってくる、
この数年のテレビ番組の中では最も感動しました。ほんとに。


▽真実を直視する覚悟
~がん看護専門看護師 田村恵子~

http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20080619/162782/

2008年10月14日火曜日

【10月14日】 戦いを終えて。

いろいろとご心配をおかけしてきた試験ですが、
本日(昨日)受験してきました。

受験を決めてから一ヶ月ちょっと。
実質、勉強に集中したのは20日くらいかな。

一般的には異常な短期勝負なみたいやけど、
好奇心旺盛な自分にとって勉強だけに打ち込むには
とってもとっても長すぎた時間でした。


「緊張なんてしてないやい!」と思いながらも、
昨日はなかなか寝付けなかったりして。

今朝も、立教大学に行く途中の道では、
資格学校の人たちがいろいろ配りながら
「がんばってくださいねー」とか言うから
無駄に大学受験を回想して昂ぶってしまった。

こんなに緊張するのも久しぶりなので、
そんな自分を楽しみながら精一杯の真剣勝負をしてきました。
ほんまに大学受験以来の集中力でした。


大切な時間を費やし、
その大切なものが失われるかもしれないという危機感と対峙する。


勉強を開始して少ししてからは、
予想以上にすんなり一通り終わったからか
そこから詰めていくところで妥協が生まれてしまった…。。

ほんとに勉強が手につかなくて、
自分の弱さに情けなくなる日々を過ごした。

でも、最後は「焦り」が自分を追い込んでくれた。
状況に依存するようでは駄目だなーと思いつつも、
この数日間は息をするのも忘れるくらいに集中できた。


「敵を知り己を知れば百戦危うからず」


"己を知る"を
"己に克つ"に変えた方がしっくりくるのかもしれない。

エネルギーを集中させることができれば、
結構いろいろなことがうまくいくんだな、きっと。

でもそれが難しい。
そんなことを学んだ一ヶ月でした。


ちなみに、
大原の合格速報を見たところ、
教科によって差はあるものの、
4科目平均で8割くらいはありました。
(6割が合格のボーダーライン)

なにかが間違ってなければたぶん合格かなと。


・・・と、冷静に書いているけど、
実はめちゃくちゃ嬉しかった!!

一ヶ月、あらゆる予定をキャンセルして、
ちょこちょこお金を稼ぎながら
工事現場でバイトしたりもしながら
残りの時間は毎日勉強だけに集中した。

受験するって決めた時から
落ちた後の道は用意されていないわけで、
背水の陣に立つ心境が続いていたわけで。

絶対大丈夫と思いながらも、
本番まで必死に詰め込もうと
もがいている自分がいた。


まだまだ未熟な自分にとっては
やっぱりなにかを得るためには、
なにかを犠牲にしないといけないのかもしれない。

そんなトレードオフから早く抜け出せるように、
日々自分を磨いていかないといけないな。


そんなこんなで、無事に終わってみると、
たまにはああいう緊張感も悪くないなと思ってる自分がいたりして。

喉元過ぎれば熱さを忘れるもんですね(苦笑)

2008年10月5日日曜日

【10月5日】 なにげない生活にある示唆。

今日も朝から図書館篭り。
残りの期間を考えると結構ギリギリかもしれないな…。

ようやく他の仕事も終わったので
勉強だけに集中できるようになったけど
参考書だけの勉強ってやっぱり大変だ。

そんなに難しくない試験やと思うけど
独学やとペースがコントロールしずらいし
一冊の参考書では行き詰った時にロスが大きい。
(そもそも参考書が全然ないのだ…;)

予備校に通ったり、
組織に所属したり、
チーム作業ばかりしていると
自分の実力を過信してしまうことがよくある。

しかし真っ裸になった時にこそ
自分の本当に実力って露呈するのかもしれない。

まあそんなわけで、
自分の力不足を実感しているわけです。

予備校行ってなくてもいけたかも…
とか生意気に思ってたけど、認識が甘かった。
宅浪はすごいわ。



最近は全食きっちり自炊ができてる。
これはよいことだ。

やっぱりまずは自分自身を
マネジメントすることからはじまると思う。

人はみんな、自分の身体に存在する
莫大な数の細胞のリーダーである。

だから、
自分の細胞もマネジメントできないような人が
他人をマネジメントしようとするのはおかしいと
お世話になっている人生の師匠が言っていた。

ほんとそうだと思う。
でもなかなかできてなかったので、
これもよい機会だと思って毎日自炊するって決めて続けてる。
しかもお金をかけずに、ちゃんと自分を満足させることが目標。

毎日夜に半額を狙って食材を買い、レシピを検索して料理をつくる。
ちなみに平均すると一日の食費は300円以内は堅い。
自分の腕次第でおいしい料理が食べれるので
最近は満足度は十分に満たされてきた!

クックパット(ウェブサービス)ってほんま素晴らしサービスです。
あれがあるだけで毎日の料理が楽しくて仕方ない。
あれはイケてるウェブサービスのベスト5に入ると思う。



(またもや長くなってる…まずいぞ…)

あと、週一回以上は走るようにしてる。
今日は図書館が17時までだったので
終わってから7キロくらい走ってきた。

走るのってすごくよい。
じっとしてるより自分と向き合える。

インディアンは歩くことを人生のメタファーとしてるけど、
走ることもまた、人生を示唆してる気がする。

昔は走るのがだいっ嫌いやったけど、
今は楽しく走れるようになってきた。

というか、楽しく走るためのコツが分かった。

目的指向になると辛い。
何週走らないととか、
誰かに勝たないととか思うと一気に辛くなる。

辛くなると継続できないし、
パフォーマンスも低くなることが分かった。
特に、目標としている地点を過ぎると「もう無理…」と感じる。


これって示唆深い。


目標を定めて強引に走らせる方法もあるけど、
むしろ走るのを阻害している要因があるなら
それを軽減させるマインドに切り替えるコツを
自分なりに見つける方が本質的な解決になるなと。
(もう少しちゃんと整理しないとだめだ・・・)


他にもめっちゃいろいろ考えてたけど、
メモできないのが玉に傷やな…
今度からは帰ってすぐにブログを書こう。

書きたいことはまだまだたくさんあるけど
今日はこの辺にしとこっと。

2008年10月3日金曜日

【10月2日】人は闘う生き物なのか?

続けて、
昨日ふと思ったことがある。

≪人間は闘う(戦う)生き物なのか?≫

ということ。


おれは常々、
「自分と自分の周りの人が笑顔で幸せでいてくれること」
が自分の夢だって言ってる。

抽象的だけど、
いろんなことを削ぎ落としていったら
今の所はこんな感じに落ち着いている。

ちなみに、
「自分の周りの人」っていうのは実は結構広い。

去年、ミクロネシア連邦のヤップ島(今でも石のお金が使われてる島)に滞在したけど
そこにいるホストファミリーや友達は既に
幸せになってもらわないといけない「自分の周りの人」だ。

中国で会った友達も、
アメリカに留学している友達も、
カンボジアで仕事をしている友達も。

これから先ももっと多くの人と出会っていくだろう。
そして幸せになってもらいたい「自分の周りの人」が増えていく。
これって素敵なことだと思う。

けれども一方で、
台風が来たってニュースがあると心配になるし、
テロが起きたっていったら心は穏やかじゃない。

だからもちろん戦争なんてもっての他だ。

社会や文化が違う人がいたら
価値観も違って当然だと思う。
あらゆることについて自分のモノサシだけで
「間違っている」と断定することはできない。
そう思う。

でも、唯一、これだけは言い切りたいのは
「人は、他人を傷つける権利はないということ」

戦争は、いろいろな大義名分を掲げてはじまる。
でも、人の命よりも重いものはないと信じたい。

やれ左だ、右だ、とそんなことはどうでもいい。

どれだけエコを進めても、
地球のためにあなたが死ねないのと同様に、
国家のために人を殺していいはずがない。
これは真実じゃないのか?


そんなことを浪人時代ぶりに
悶々と思考していたのだけれども、
ふと昨日テレビをつけたらK-1がやっていた。

魔裟斗vs佐藤の一戦は歴史に残る名試合だったと思う。

で、非常にエキサイトしながら見ていると、
ふと気づいてしまった。

これは男の血が騒ぐという感覚なのかと。

理屈じゃなく、
DNAレベルで興奮している感じだった。


そして思ったのは、
『人は闘う生き物なのかもしれない』ということ。


戦争を肯定する人の中には、
こういう感覚を持っている人もいるんだろうか。

現に、古代ローマ?の時代から
グラディエーターみたいな事実はあったわけで
戦争だって有史以来ずっと続いているんだろうから。

戦争はなくならないんだろうか・・・。

近いうちに勉強会でも開いてみよう。
ぜひともいろんな意見をもとに議論してみたい。

(あぁ、また長くなってしまった…ヤバイ;)

関係性の価値

書きたいことがありすぎる・・・
でも書く時間がないのです。

試験が終わったら
毎日更新するぞっと。

さて、
今日ふと思ったこと。


知り合いのブログって、
どんな名著より面白い。
毎日読みたくなる。

やっぱり人間は
関係性の生き物なんだ。


これは旅もまた然り。

つながりのある旅。

ただ単に名所名跡を廻るのって
なんだか浮き足立っている気がする。
つながってないんだな。

地元の人とつながる、
一緒に行く人とつながる、
自然とつながる、
歴史とつながる、
内なる自分とつながる。

きっとこれだけじゃないけど、
"自分"と"なにか"がつながることで
「自分の居場所のある旅」になれば
これって、どこへ行くよりも心に刻まれるんじゃないかな。

そんな気がした。

完全に自分の備忘録でした。
ちゃんちゃん♪

2008年9月20日土曜日

【9月28日】 夏が暮れ、秋が薫る。

またもや少し空いてしまった。

書きたいことが溜まりまくってるから
なんとかペースを作っていきたいな。
がんばるぞっと。

この一週間、実家に帰省していた。

大学で上京して以来、
なにげに最長の滞在となった。
勉強ははかどらなかったけど、ほんま帰ってよかった。

今回帰ろうと思った理由はいろいろあった。

一言でまとめるとすると、
自分の過去に向き合いたかったってことかな。

今振り返ると、
中学、高校、予備校と進むうちに、
自分のいる環境に対する心地悪さが増していってた気がする。

自分を出し切れない、
なにかに押さえつけられている感覚。
見えないなにかにいつも縛られて、
このままじゃ大空に飛び立てないんじゃないか、
そんな感覚が付きまとっていた。

それは
学校に対してだったのか、
友達に対してだったのか、
家族に対してだったのか、
大阪に対してだったのか、よく分からない。

でもとにかく無性に離れたかった。
なんのしがらみもない土地で、
自分という存在をリセットして
0の状態から夢や希望を描きたかった。

それが一番できそうだと
直感的に思ったのが早稲田だったんだろうな。
そしてそれは間違ってなかった。

そんなこんなで入学した早稲田で
同じような境遇を経てきた仲間達と
純粋に熱い志を語り合い駆け抜けた。

それは自分にとって最高の日々だったし、
これからも最高の想い出として残ると思う。


・・・と、まあそこまではいいんやけど、
ふと気づいたら過去の自分を放置したままやったと気づいた。
自分を構成している過去に眼を向けないってのは
なんか見栄えだけ整えた偽装された人生みたいやんね、と。

だから
今以上に青く、でも一生懸命生きてきた日々を
少しだけ大きくなった器で見直してみたかった。
今ならニュートラルに見れる・・・そんな気がしたから。


てなわけで今回は大阪を感じてきた。

懐かしい風の匂いに胸が苦しくなったり、
毎日通った道を歩きながら今はもう会うことのない
友達との楽しかった日々を思い返しては切なくなった。

ちょっと嫌いとさえ思っていたはずの過去の想い出が、
すんごい愛しくてたまらないものに感じられてしまったから
時の流れ、環境の変化っていうのはすごいもんだ。

家族との関係も、ほんま今回は自分の中に大きな変化があった。
いろいろ問題山積みな家族やけど、
でも素直に「やっぱここが俺の家やな」って思えた。
家族のみんなを好きやなって思えたし、
心から感謝もできるようになった。


哀愁。

秋に心か。

別にセンチメンタルな気分ではないけど、
なんかこんな感じやなー。

秋心。

秋は心の季節なのかも?

毎日よい時間が流れてる。
大切にしよう。

2008年9月15日月曜日

【9月15日】 挑戦者でありたい

実は先週から、
この一ヶ月を勉強期間として引き篭ることにした。

以前に書いたかもしれないけど、、
ふと自分が、自分のできることしかしようとしていないことに気づいて
なんだか情けなくて、むしゃくしゃして少し苛立たしくなった。

だから、、
「絶対無理でしょ」って思うことをしたくなった。

ちょっと前から、
これから事業としてやりたいことのためには
"資格"があった方がいい…と思いながらも、
あと3ヶ月じゃ難しいという言葉を聞いて迷っていた。


決断を先延ばしにして、
ただ目の前の事をこなしていた。


でも、ちょうど一ヶ月前になったとき
これまたあらゆるタイミングが重なったので
「とにかくやってみよう!」と思って決断した。

そもそも自分には失うものなんてない。


思えば、こうして篭もるのは浪人時代以来のこと。

さっそくダレてきて、
今日は全然勉強に手がつかなかった。


弱い自分、
不安な自分、
混乱する自分、
後ろ向きな自分、


決して順風満帆なんかじゃないし、
今だって自己嫌悪と隣り合わせだったりする。

保障された未来なんてないし、
ライフプランも、キャリアプランもなにもない。

でも不思議なことだけど、
毎日視野が広がっていくのが分かる。
見えなかったものが見えてきて、
分からなかったことが分かってきた。


プロフェッショナル仕事の流儀の本を読んでいて
無農薬りんご農家 木村さんも言っていた。

「本当に大切なことは、目に見えない土の下にあった」
って。


ちょっとくらい悔しくて涙流すくらいの人生も悪くない。
たまには雨の日の遠回りもいいもんだ。

とにかく、やるっきゃないでしょ。

2008年9月7日日曜日

【9月24日】 言の葉

「20代なんて、暗闇の中。そこを自分なりに走っていけばいい。

怖いことはないよ。

失敗したとしても、殺されるわけじゃないし、やり直しはきくんだから。

他人を面白がらせるには、勇気のある行動が必要。

他人ができることをやってもしょうがない。

“本当にできるの?”っていうことをやらなきゃ」

by 安藤忠雄



ある後輩に、
「その場所からは、どんな世界が見えますか?」
って質問をされた。

むずかしい。
その問いが、今も頭をくるくる巡っている。


人は無意識でいると、
見ているようで見えていないし、
感じているようで感じていない。


今、なにが見えているのか。

20代の暗闇を走っている時にしか見えないものも、きっとある。

この場所から見えるものを大切にしないとなって思った。
しっかり残していこう。


2008年9月1日月曜日

【8月30日】 自分を信じる力

昨日今日と、
ほんとに良い出会いが続いています。

昨日は千葉で廃業した旅館のリノベーションに
取り組むMくんのもとを訪ねた。

晴れたり、大雨が降ったりを繰り返す中、
ゆったりとした時間が流れる部屋の中で
いろいろなことを語り合った。

ここには間違いなく可能性がある。
彼の人間的魅力もさることながら、
やっぱり場所があるっていうのは強い。
ひたすらボロイけど、風情があるのがまたいい。

人が集まって、いろんな人たちが自分達の場所をつくる。
旅館に魂が灯っていく過程は、
間違いなく面白くなっていくだろう。
自分のことをこんなに必要としてくれる機会もそんなにないだろうし。

ただ、自分の役割を考えないといけない。
きっと普通に就職した人で、
余暇を充実させるために関わるのなら
これ以上に面白い機会はないと思う。

しかし自分は「仕事」をつくっていくという自覚を持ち
中長期的な視点で考えていかなければならない。
なにかしらの形では関わっていくと思うけど、
ちょっと保留して考えたいと思います。

そのあとは、同学年でもっとも近い感性を持っていて
ほんとに尊敬できるAくんがやっている事業を見にいきました。
彼の仕事は「家族づくり」。

本当に大切なことを大切にし、
正面から裸で向き合っている。
葛藤、苦労を越えて築き上げた空間は、
ぼくの心にいやというほど様々なことを教えてくれました。

人はすぐにカタチあるものに依存する。
キャリア、お金、仕組み、評価、ビジネスモデル、、
それって本当に必要なの?

無思考的に、
確率論や通念的なものに傾倒してしまいがちな
自分はいつもどこかで気付きをもらっています。

大きい声では言えないけど、
この辺りで起こっていることが次の時代のスタンダードになっていくと確信しています。
楽しみにしていてください。

※本当は今日のことも書きたかったけど、続きはまた明日。

2008年8月30日土曜日

【8月21日】 Feedback Diary

#書きかけで放置してしまったいたものがあったので自分のために残します。

前回のエントリーではご心配おかけしました。
(誰も読んでないかもやけど・・・;)

おかげさまで、なんとか壁を乗り越えることができました。
本当に大切なものを得るためには、
本当に「失う」という覚悟が必要なんだと実感しました。

「失う」というリアリティーが、
「失いたくない」という強い力を引き出す。

思えば受験もそうやったなぁ。

現役では無謀にも早稲田しか受けず、全滅した。
でも浪人でも早稲田しか行きたくないと思い
早稲田しか受けないって決めた。

だから、なんとしてでも合格するために必死になって、
受験の当日も、ホテルでも、会場でも、直前まで詰め込んだ。
そしてなんとか合格。


そう考えるとラグビーの時は逆やった。。

最後の最後まで「負ける」というリアリティを持てなかった。
目を背けていて、向き合っていなかった。
いつもどこかで「負けるはずない」と思っていた。
なんの根拠もない自信。

負けた時、目の前が真っ白だった。

鈴木桂治の気持ちが、
すこしだけやけど分かる気がする。

あの、
困惑…混乱…虚無感…絶望…絶望…情けなさ…意味不明の涙…
徐々に意識が追いついてくる。
認識が鮮明になる度に泣く。


要は、本当に大切なことには、
失うというリアリティを持って向き合わないといけないということ。
まさに今の自分への戒めやな、この言葉は。


あと、昨日は今をときめく某G社の先輩と食事をさせていただいた。
長くなるので詳細は割愛するが、
本当にカッコいい尊敬できる人だ。

今回の人生の選択に、多大な影響を与えてくれた人。
ロールモデルの一人。

そして「表現力を付ける」ということが課題だと痛感。
どの道を行こうとも、これといったプロフェッショナルスキルがない
自分にとって、きっと「表現」は避けては通れない道だと思う。

ふぅむ、相変わらず文章が巧くない。

拙く堅い文章になっちゃうけど、
読んでくれる奇特な人たちは
温かく許してもらえたらうれしいです。

今を生きよう。

【8月30日】 自ら流れをつくる勇気

お久しぶりです。

いま、蘇我というところにいます。

最近はまた面白い出会いを繰り返していて、
なにかがはじまる予感を感じています。

いつものことながら、
出会いには恵まれ
大きな流れやら
必然性も感じる。

でも同時に、
「自分は何者か?」
「自分の仕事は?」
ということに向き合わなければならないと感じています。

あと二年。
今の行動は、二年後のイメージに近づけているか?

八月ももう終わり。
焦りますね。

2008年8月14日木曜日

8月15日 FeedbackDiary

いま、すごく混乱している自分がいる。
表面上は取り繕えるが、心の中は整理がつかない。

この感情はとてもブログに書く気になれない。

でも、目を背けるために手に取った
森達也の生き様に心が打たれた・・・。

まだ守るのか?

前に進め。闘え。

2008年8月9日土曜日

8月12日 Feedback Diary

いつの間にやら24歳になりました。
みなさん、どうもありがとうございます。

ほんま、感謝の気持ちは常にもたなあかんなぁと思う。
両親へのありがとうメールを送れたことが、
なにより大きな意味を持っていたのかも。

よくよく考えたら、誕生日って別になんもおめでたくないもんね。
むしろ生かせてくれて、支えてくれて「ありがとう」を伝える日やん!
…と気づいてしまい、心の中で感謝の気持ちが湧いてました。

それにしても23歳はいろいろあったなぁと振り返る。
周りから見たら激動なんやろうなーと思いつつ、
でも当事者としては自然にちゃんと生きてるつもり。

ランチを一緒に食べたS君にもらったメールがうれしかった。
なんていうか…感謝。
ゆーすけのくれた本、これは面白い。
着々と読み進めて、いつかサバイバル企画を実践します。

そして11日は、ある仕事を開始しました。
省庁の委託事業なので天下りのおじさんが多いような職場で、
今まで見てきた会社の常識と真逆ですげー面白い。
残業とか、最長で30分。18時になったら鍵が閉まるという職場。
毎日17:30に帰宅して、土日休みって・・・
学生時代でもありえない時間のゆとりが持てるやん。
0時まで7時間くらいと土日があれば、実はなんでもできたりして、、
ってそんなこと思いもしなかったなー。

んで、その後もI君・K君と食事。
これまた大きな展開が!!?
人生のダイナミズムを感じるひと時でした。
詳しくは乞うご期待!笑

んで、今日もすんごい良い出会いが。
やっぱ「地域」は熱い。
中央官庁の視点から見てもやっぱ間違ってなかった。

いつもS君にはすんごく影響を受ける。
彼は間違いなく社会を変える男だ。うむ。
目に見えないものを大切にして欲しいなと切に思う。

というわけで、なかなか順調に進んでおります。
明日もよい一日になりそうだ!


人生は今の積み重ね。
今を生きよう。

2008年8月8日金曜日

8月8日Feedback Diary

久しぶりの更新になってしまった。
この間、たくさんのことがありすぎるくらいあったのに、、
モッタイナイ!!

・・・というわけで、これからは更新していきます。
読んでくれている人もいるようなので、
ちょっとずつ発信モードの文章にしつつ
ちゃんと書いていくぞっと。

この一ヶ月間くらい、ほんといろいろあった。
会社を辞めたのが7月14日。
7月24~25日は新潟で全国のへき地でがんばる人たちの会に参加。
7月25~27日には福井県若狭町へ田舎ツアー。
7月31日に当面の仕事も見つかって、
8月1日には田舎×都会のPJの会場も決まった。
8月2~3日にはまた無料バスで新潟へ。火渡りをしました。
8月6日にはWEBの仕事を受注して、
8月7日の昨日は日帰りで名古屋へ某プログラムのプレゼンテータとして招かれたので生意気にもケース紹介をしてきました。

こうしてみると、まだ一ヶ月も経ってないのかー。不思議な感じ。
それぞれについて死ぬほど書きたいことがたくさんある。
毎日少しずつ書いていけたらいいな。

ちなみに・・・分かりやすい出来事は多いけど、
実際は毎日まだまだ全然生かせてない。
無駄な時間だらけ。

これからのことも、
見えてきては見失って、また見えて、見失って・・・の連続。
そうやって前よりは鮮明にイメージできるようにはなってきた。
あとは適切な時に、適切な行動ができるかのみ!

これからは定期的に仕事をしながらお金をいただき、
その中で自分の行動をつくっていこうと思う。


 明日ではなく、今日。
 未来ではなく、今を生きよう。

2008年7月2日水曜日

7月8日FeedbackDiary

きのう、重大な決断をした。

思えばこの2週間、
いろいろなことがあった。

清里での4日間で自分の生の感情がよみがえり、
その後、偶然とは思えない必然的な出会いの数々。

ネガティブな理由もいくつかあるが、
でもそれだって、今ではポジティブに捉えられる。
すべてが必然の、一本の糸でつながる感覚。

いろんなところで有名な人が話していたりするが、
決断の時って、こういう感覚なのかもしれない。

余計な力が入っていなくて、迷いも不安もなく、すっと腹がきまる感じ。
ほんとに、湧き上がってから三日と経たずに結論が出た。

失うものがなくなった状態は強いんだなって思う。

思えば半年前、
どんなに考えても最後の決断ができなかった。

考えれば考えるほど、
相談すれば相談するほど
自分が大切にしたいものから遠ざかっていく感じ。

形になりやすいもの、
見えやすいもの、分かりやすいものを求めてしまう。
自分の弱さ、依存心、臆病な気持ち。

そして気がついたら、「就職活動→一般企業」というものに対して
自分が正しいと思うオルタナティブな道を切り拓いくはずが
表面上は起業だが、結局は同じ方向に向かっている自分がいた。

「それが本当にやりたいの?」

答えられない自分がいた。
やりたいこと、それをビジネスプランに落とし込む。
ビジネスプランをかかないと動いちゃだめなんじゃないかとさえ思っていた。

形あるものに依存していくあまり、
自分の生の感情が見えなくなっていた。
上から言われたら、すべて受け入れないといけないと思い込んでいた。

そして、自分の小っぽけな鼻くそみたいな
成功体験を失うことを恐れていたのかもしれない。
どうせ誰も期待なんかしてないのに、そんなものを守ろうとする。

まあ人間そんなもんやと思うけど、
反面、今回のように、ふと湧き上がってくることもある。

自分にとってのリスクってなんやろうって考えた時、
あ、後悔かもって思った。

100m10秒を切ることにどれほどの意味があるのか。
社会的には、世間的にはすごいことかもしれない。
でもそんなもん、ほんとは他人事で、そこに主体性はない。

一人の人間として見た時、
ドーピングで身体をボロボロにしてまで10秒を切ることにどれほどの意味があるのか。
10秒を切った時、どう思うだろう。
10秒を切れなかった時、どう思うだろう。
10秒を切ろうとする過程の中で死んだら、どう思うだろう。

そう考えると自分は、毎日走りたいと思う気持ちを大切にしたい。
走りたい。 だから走る。
その結果、10秒を切れるかもしれないし、切れないかもしれない。
そう考えると、もちろん10秒を切れたらうれしいやろうけど、
10秒を切れなくてもポジティブな感情が残るやろう。
来月死んだとしても、本当に走ることが好きなのなら後悔はないはず。

今の俺らは、すぐに目標を立てようとしてしまう。
最短距離を走ろうとしてしまう。
よいか悪いかはおいといても、そんな自分は必ずいるもんだ。

でも、今の自分を見ようとしない自分は、
三年後の自分も見ることはできないだろう。
「とりあえず3年」って言う人は、きっと3年後も「とりあえず」って言っちゃう。

全力で動くことができれば、
成功しても失敗しても次につながることは間違いない。
経営者の視点で見れば、自分は一生懸命なにかに挑戦して
たとえ失敗したとしても、そんな人と働きたいな。
もちろん成功した方がいいかもしれないけど、
一生懸命失敗した人の価値ってすごくあると思う。

そう考えるとリスクってなんなんだ???
いつもこの感覚は忘れないように。


キーワードは、
「人生を変える、出会いを--」

2008年6月29日日曜日

6月29日Feedback Diary

ピュアであること。

身体全身を使う。

身体全身で感じる。

真正面から向き合う。逃げない。

感情を発する。全てのものとのつながり。

そんな生き方がしたい。

やっぱそうやねんな。
再確認しました。忘れるなよ。

臆病者の自分へ

2008年6月23日月曜日

6月23日 Feedback Diary

昨日まで三泊四日を清里で過ごしてきた。

どれほどの意味を持つのかなんて分からない。
でもたしかに大きな意味を持つ時間になった。

自分は走ることで安定感を保っていた。
今まで、歩くことはあっても、歩みを止めることはなかった。
とめられない自分がいたんだと思う。

立ち止まって静寂を感じる。
目が二つあるとしたら、一つは自分に向けないといけない。
いつの間にか自分の生の感情が分からない自分がいた。

やっぱりキーワードは「つながり」。
・自分と自分
・自分と他の人
・自分と自然(社会) かな。

そして、、
「非構成的エンカウンターグループ」
どれだけ自分の中のサインを読み取れるか。

なにはともあれ、素敵な時間だった。


Dont think , feel our self.

2008年5月23日金曜日

5月23日 Feedback Diary

▼5月23日

今日は13:00~18:00でファシリテーション講座を受けさせていただいた。

ファシリテータのAさんはほんとかっこいい。
いま人間関係で悩んでいるが、
ああいう人が上司だったらどうなんだろうと思う。

「人を動かす」「マネジメント」というときに、
人の気持ちをプラスの感情に向けて動いてもらえたら
みんながハッピーになるはず。

頭では分かっていても、ななかなかできないもんだ。
日常のひとつひとつの行動の中、会話する中から、
これを体現しているのがAさんだ。
「ファシリテーター」のロールモデルとしてしっかり学ばせてもらうぞ!
明日、あさって、集中してがんばろう。

※今日書いた目標
大事な時間を割いて来ているので、
あさっての帰り道はワクワクで胸がいっぱいで歩いていられること。

具体的には、
なによりファシリテーションのプログラムを自分で実践できること。
そして、形式的な運営ではなく、暗黙知の部分もできるだけ多くのことを得る。
そしてそれらを終了後、自分の言葉で全てを明文化できるようになる。

自分がファシリテーションする場を、
参加者の人が心から満足して喜んでもらえるようになりたい。
目指すは、自分じゃないとダメだって言ってもらえるファシリテータ。

人前で話すのがうまくないので、
限られたチャンスを活かしてカイゼンを繰り返す!


帰りに町屋駅前で路上販売をしているおじさんの元でデコポンを買った。
5つ300円で売ってるというから安いなーと思っていくと、
なぜか1パック300円のイチゴを2パック買っていた(笑)

いろいろ悩んでいたからか、20分くらい立ち話。
元々設計事務所をやっていて、店舗デザインなどやっていたそうで、
バブルがはじけて100億円の不当りから連鎖倒産。
家族も、お金もすべてを失ったそうだ。

どん底の時に新しい奥さんと結婚して、今は子どもが三人。

「あのころは大切なものがわかっていなかった。
子どもを抱いた記憶がなかったな・・・。
今は、お金はないけど幸せだよ。」

「ビジネスをやるんだったら、周りが背中を押してくれることをやらないとだめだよ。
 時代にあっているものってのは、成長速度も速いし、お客さんからも喜ばれるもんだしね」

路上でデコポンを売っている市場とかにいそうなおっちゃんなのに、
めちゃくちゃいいことを言ってくれた。
かっこいい人はどこにでもいるもんだ。

「こんなに安くて良い物、ウェブとかで売らないんですか?」

と聞くと、

「ただモノを売ってるだけじゃないんだよ。
 おばあちゃんとかは俺と話すために来るからね。
 実は今の時代だからこそ、対面販売がいいと思うんだよね」

うーん、まさにそのとおり。
10年以上続けているとのことだが、とっても勇気をもらった。
最後の握手も、手の厚さがいろいろ物語っていた気がする。

必ずまた会いに行こう。

2008年5月22日木曜日

5月22日 Feedback Diary

▼5月22日

昨日はよい日だった。
久しぶりに「自分らしく」なれて、気抜きができた気がする。
たまには大事だなー。

今日から業務日報を付けることになった。
正直、こうやってみると成果は少ない。
きっちり時間を設定して、スピード感をもってやろう。
アウトプットの効率を高めないと、質もあがらない。

それにしても気持ちが乗らないのはなぜだろう。

「わくわく」して一日を過ごせるよう意識してみよう。
すべては自分次第!

現状に甘んじるのではなく、
常に自己練磨できないと一歩上にはいけない。
ふぁいつ!

**
▽ベンチマーク
 某企業在籍中、19時に仕事を終わって法律学校へ行き、
 0時帰宅、4時まで宿題という生活を三年間続けて法学博士を取得した女性。
 まだまだ自分は甘すぎる。。

2008年5月20日火曜日

【メモ】経験学習

学びレベルを高めていかなければならない。
これはWSをやる人に関しても、今の自分自身も同様の課題。

(1)自信、楽観的、好奇心旺盛 
(2)挑戦、リスクテイキング
(3)難易度の高い課題
(4)フィードバック
(5)教訓(学び)
→(1)自信、楽観的、好奇心旺盛・・・

☆「経験→内省→(前向きな)教訓→活用」のサイクルが必要!

・個人のキャラ+外的要因=経験の質
・経験の質+経験学習能力=知識・スキル
#個人のキャラは変えられないので、
 コントロールできるのは「外的要因と学習能力」

今週はワークショップについてまとめつつ、経験学習について調べよう。
企画書も書かないと。。

5月19日 Feedback Diary

▼5月19日

今日は朝から家具作りをラストスパートし、
オフィスがようやく整った。
徐々に素敵な空間に近づいている。
楽しみだなー

自分のことをとても評価して下さる方がいる一方で、
自分の本当に未熟で至らないところが露呈していく。

しっかり自分と向き合いつつ、
現状において自分の資源を集中する先を定め、
そこに向けて100%全力投球をする。
そういう勝負をしていかなければならないと感じている。
まだまだ全然だめだ。



今日、ある方からのメールではっとしたことがあった。

>「世の中に学ぶ場はたくさんあるが、
>学びについて語る場は少ない」

>これは、学んだ経験を語ることによってしか、
>その経験は学びたり得ない、ということを示しているのではないでしょうか。
>つまり、リフレクションによってこそ学びが成立するということです。

ああー、なるほど!
これは追求したいテーマだ。
行動を変えるのは経験だが、経験を落とし込むには
経験を語ることが必要なんだ。

「リフレクション」について追求してみよう。

2008年5月19日月曜日

5月18日 Feedback Diary

▼5月18日

昨日は大学時代お世話になった商店会のNさんの
偲ぶ会に参加させていただいた。

いつも笑顔で励ましてくださったNさん、
「おはよう!元気かー」
「おー、ええ感じやないかー」

と、いつも大らかで大きな声で投げかけてくれたことを思い出す。

ぼくの大学生活の集大成は、
多くの人の支えがあってこそだという
至極当たり前のことを忘れいる自分に気がついた。

「感謝」

これを芯から体現できるようにならないと、
次のステップにはいけない。
一人の人間として、、

Nさんとの関係は、与えてもらうことしかなかった。
なにも返すことができなかったことが本当に悔しい。

ごめんなさい・・・
本当にありがとうございました。

天国でも大きな声で笑っているのが聞こえてきそうですが、、
どうかお元気で。ご冥福をお祈りします。

2008年5月18日日曜日

5月17日 Feedback Diary

▼5月17日

今日は先日東大のシンポジウムでお会いした
Y先生が主宰されているグローバルプロフェッショナルを育成する塾に参加させていただいた。

テーマはまとめると「人生マネジメント」という感じのもので、
非常に熱くて濃い時間だった。

それにしても、去年はアツイ感じを斜に構えて見るところがあったが、
自分のDNAレベルでは嫌いじゃないんだな(むしろ好き)と気づいた。
自分のエンジンはやっぱ気持ちでしょう。

なにより、Y先生のprofessionalityが最も大きな学びだったかもしれない。
同じ内容のことを話すときでも、今日のために全て勉強し直して
何度も何度も内容についてブラッシュアップしたという。

目標(課題)が与えられたのであれば、そこにむかって徹底的に自分の脳を活用する。
120%・24時間総動員するのがProfessionalであるという言葉に自分の甘さを痛感した。

これからは
  Specialist(2つ以上の専門を持つ。ファシリテーション・効果測定?)
+Generalist(ビジネススキル・コミュニケーションスキル)
が必要だとおっしゃっていた。3年後にどこまで迫れるか!!

以下は、ノートに書いていた感想。

----Self Feedback----
時間は財産である。
自分にとっても、他人にとっても貴重なものであるという意識を強く持つ!
たとえ無料でも【時間=コスト】である。
コスト(時間)に対して高い価値認識をもち続けれているのがプロ?

成長のために経験は必要であるが、経験の数には限度がある。
⇒限られた経験の価値を最大化するためのRefleftionの質を上げることが必要!!
  自分と向き合って集中して整理する時間を楽しむ。

--------------

・今を生きる
・ワークショップ
・振返りの質
⇒今のテーマかもね。

**

他にも、オフィス家具の組み立てやら
地方棒テレビ局にとんでいく友人の送別会だった!

自分の未熟さを知る日々。
はやく価値をださないと!給料、、大丈夫かなぁ。

2008年5月17日土曜日

5月15日 Feedback Diary

▼5月15日

本当によい一日だった。

素敵なファシリテータAさんと出会えた。
とてもポジティブなオーラがあふれていて、
笑顔が素敵で、気取らず腰が低いのだが
しっかり聞いていて鋭く本質的な質問が帰ってくる。

本物のファシリテータ像が分かってきた気がする。
「自律的に成長していくスパイラルを有むための振り返り方」が当面のテーマ。

KGI・KPIの設定が大事だと教えてもらった。

(参考)

> 「重要目標達成指標(KGI:Key Goal Indicator)」で、これは目標が達成されたかどうかを「事後的に」把握するための測定指標である。

> 「重要成果達成指標(KPI:Key Performance Indicator)」で、これは達成目標の実現に向けた「現在の」実行状況を判断するための測定指標である。

WSは創発空間だから、多様な人たちが集まればいい・・・
という自由でゆるやかな発想も大切だ。

しかし、感覚値に偏りすぎているがゆえに、自己満足に陥りやすい。
このようなものに対しては「数字」を設定する。
数字にならないものを数値化する作業はとても大事で、
プロとしてやっていくのであればスキルを得なければならない。

Aさんの進行表を見せていただいたが、
各プログラムに対してKGI・KPIが設定されていて、
それぞれが達成できたver、できなかったverの二通りを事前に用意しているそうだ。
ファシリテーターは偶発的な意見を受け入れながら自分の想像を超えた空間をつくるが、
自分の想定(ストーリー)は必ず持っておく。
もちろん捨てることが前提ではあるが、プロは持っていないといけない。


ワークショップという空間自体にも価値があるかもしれないが、
「で、なにがどうなったの?」という観点は常に忘れてはいけない。
(お客さんにとってのBenefitを明確にする!)
「意味から価値をひねりだしていく」という感覚も掴まないといけない。

≪その他まなび≫
・今の自分の人生の判断は、過去からしか学べない
 (今が大事という考えの他に、過去を昇華させる行為も必要)
・時代は、時間をかける方向に確実に動いている。歴史の必然。

5月14日 Feedback Diary

また空いてしまった。地道に続けていこう。
reflectionが成長のカギ。
自分に必要なのは省みることだから。

▼5月14日
いよいよ起業塾がはじまった。
ひょんなご縁から、まったくお金がないにも関わらず飛び込んだこの場所。
新卒で創業しているが故に、同期もいないし研修もない。
ビジネスに関して学ぶ機会も欲しかったので身を削って投資した。
正直この時期に選択することは正しい選択ではないかもしれない。
でも、「やるかやらないか」といわれたら、やるしかない。

≪目標・成功イメージ≫
・最後まで、自分から逃げずに最後まで向き合い続ける
・しっかりとした成果を出す(プランで優勝する)
・自分のビジネスの本質を理解する
・「ビジネス」の知識について、同期の誰にも負けないくらい得る

お話を聞いていて、自分が事業を起こせなかったことの理由が分かった。
 抽象的な高い崇高な目標は下からの積み上げ出しか達成できない。
 上だけを見ると足元が動かなくなる。
 まずは手の届く目標を設定して、動きながら螺旋階段を上るイメージ。

「やろう」と思ったがゆえの学びだったと思うが、
「やっていた」らもっともっと学べたはずである。
謙虚に自分を振り返る。3年後の自分をイメージすることも大切!

2008年5月13日火曜日

5月13日 Feedback Diary

さっそく自己フィードバック。

今日は至らない点が多々見えた一日だった。

いまの選択は依存してはいけない。
自分で自分の課題を見つけて、
改善して成長していかないといけない。
当然それを求められるべきだし、
求められているもの以上に応えていかなければいけない。

今は全然ダメすぎる。
本当に、あきれるくらいダメダメだ。
指摘していただいたこと、指導していただいたことをしっかり飲み込もう。
奢るな。謙虚に突き進め。

これからは、
しっかり我が身を省み、1.1×1.1を続けていこう。

自分の価値判断を行うための軸を見つけないと、
振り返る基準を見出せないことがある気がする。
ちょっと考える時間を取ろう。



某ステーショナリー企業の二方にお洒落な店に連れて行ってもらった。
まだまだ迫れる。もっともっと相手の立場に立って、自然な場も
自然にファシリテーションできるようになりたい。
名実共に、最高のリソースコーディネータになるために!

2008年5月12日月曜日

決意

一流を目指す。

現状に至るまでの「感謝」を忘れずに、
上を目指すための「欲求」を持ち続ける。

事前に明確な目標を持ち(Plan)
こだわりを貫いた準備をし(Preparation)
ベストを尽くすべく実践し(Action)
その経験を客観的かつ主観的に振り返る(Feedback)

上を見て、目標を持って取り組めば悔しさが生まれる。
それを力に変えることも必要だと思った。

最近忘れていた感情。
もっとハングリーに生きないと。
このままじゃ全てがなくなってしまう。

まずは日々の行動を振り返ること。
志を高く持って、一つ一つの行動、
そして他の人の行動を振り返っていく。

【本当に良いものを貪欲に追求する覚悟】
が今一番必要なんだと思う。

振り返っていこう。

2008年4月30日水曜日

メモ:コンテクストの時代?

目に見えるものではなく「コンテクスト」が大事になる。

新しいものを作り出すのではなく、
新しいコンテクストを紡ぎだす。

目に見えないものと向き合って、
見つめあって、感情豊かに生きる中から生まれる
コンテクストを大事にしよう。



新しいコンテクストを紡ぎだすには、、
既成の価値観から自由になる必要がある。

木村学説のように、
外部環境のプレッシャーが緩和されたときにイノベーションは起こる。

あらゆる常識やルールの中から、
いかに余白をつくりだせるか。
自分の中にゆらぎをつくり、変化を受け入れないとな。

今後の課題だ。

ハンセン病施設訪問

更新が滞っていました、、
毎日貴重な経験があるので簡単にでも書きとめていこうと思います。

昨日はハンセン病者の施設に訪問してきました。
自分達の世界とは全く切り離されていた世界が都内にあり、
そこで多くの人が人生の全てを費やしていた、、
本当に衝撃的で学びの深い一日でした。

御礼メールから抜粋・修正して掲載。



昨日は貴重な機会をつくっていただき、
本当にありがとうございました。
ぼくにとって、とても学びが多く衝撃的な一日になりました。。

園内に足を踏み入れた時は、
町の中に町が存在していて、
しかもなんとも平和な雰囲気に違和感を感じてしまいました。
明るくて緑がたくさんできれいで整理されていて物語の中のような世界、

その後資料館へ行き、快復者の方のお話を伺い
とても事実とは思えないような真実をたくさんお聞きし、
ぼくの頭は憤りと心苦しさでパンクしそうでした。

自分がいかに無知で平和に生きてきたか。
本当に恥ずかしくて、情けなかったです。

僕たちはこのような歴史の過ちから学ばなければならない。
発表の時にも少し話させていただいたのですが、
どうしたら未来を過たないのかを考えないといけない。

科学的事実は後で証明されることも多く、
マスメディアからの情報は歪曲伝えられるのが常です。
そんな中で、自分達はいかにして情報を選択するのか、
いかに想像力を働かせることができるのかが試されると思います。

もしも来月、ハンセン病と同じような病気が、
感染力が強いと言われて入ってきたらどうだろう、、
と考えました。

もちろん感染するなら接触したくないと思う。
そこに偏見や差別の気持ちを介在させないことができるだろうか、、

科学者が100%大丈夫と言ったあと、
メディアの一部で「まだ危険」と書かれているのを見て、
昔と同じように付き合うことができるだろうか。

このように悶々と考えていると、
昨日までの自分なら疑いなく同じ過ちを犯していたかもしれない…。
そんな恐怖感を持ちました。

しかも、建て直された新しい資料館の内容は
情報操作がたくさん起こっているとのことをお聞きして、
ますます情報に対して敏感でいなければならない。
生の声をいかに聞くことができるかを大切にしなければならないと思いました。

昨日は快復者の方の熱のこもったお話を聞き、
なんども胸が締め付けられるような思いがしました。
受け取った自分としてなにができるかわかりませんが、
まずは真実を知る努力、そして同じ過ちを二度と犯さないように
生きていきこうと思います。

2008年3月12日水曜日

【Book】ウンコに学べ(有田正光/石村多門)

以前に読んだままだった本。
(読んだまま放置している本がまだ多数・・・)

この本、タイトルに似合わず、かなり中身は濃いです。

いわゆる「環境問題」を自分と切り離して捉えるのではなく、
自分の存在と負の側面(ウンコ)に目を向け向き合うことが大事
というメッセージがとても本質的であったりする。

ウンコもまた、水洗便所のレバー一つで跡形もなく消えてしまう。
それはもはや魔術である。・・・
しかし、一時的に目の前から消えたとしても、ウンコは他所へ運ばれるだけで無論のこと
なくなったりはしない。・・・自分がウンコをしたことさえ見に覚えがないとしらばっくれたり
出来そうにも思われる。・・・

環境問題に向き合うとは、まずは自分がしたウンコに向き合うということでなくてはならない。(pp.8)

なぜ環境問題に取り組まなければならないのか。・・・
環境は事故であり、環境が破壊されれば自分が否定されるからなのである。
個性がなければ生きられない、生きている資格がない、と商品社会は広告するが、
それは真っ赤なうそである。ものを食い、ウンコをできれば十分立派に生きていける。(pp.158)

今日聞かせていただいた
「環境教育基礎講座」にもつながるところがあった。
(こっちはこっちで約5時間で相当な学びがあった!)

最近の小学生はトイレでウンコをできないとのこと。
(自分のときもあった気がするが、、)

それに対して作者は、ウンコは生きていくために必要不可欠な行為であり、
そのことを理解させることが「自立」ではないかといっていて、これには納得しました。
大事なことがずれてるよなー。

2008年3月11日火曜日

【Book】意識とはなにか(茂木健一郎)

その気になれば「やさしい問題」を「むずかしい問題」として考えることができるのにもかかわらず、
あえてそうせずに、「やさしい問題」として扱う「ふり」をして、日常を生きている。(pp.126)

それまで女学生のようにはしゃいでいた女の人が、自分の子どもが出現すると同時に母親になるのも
ある人の心の状態に強烈な作用を及ぼす「他者」という存在がいてこそのことなのである。

私たちが、心の中で<あるもの>が<あるもの>であることをめぐる問題について、
それをむずかしい問題として一日中考えるというようなことを決してせず、
たいていの場合は「赤」とはなにか分かりきったことのような「ふり」をしているのも、
他者とコミュニケーションしなければならないという強烈な圧力があるからである。(pp127)

自分の体験をプライベートなものとしてとらえる態度(ふり)と、他者とのコミュニケーションへ向かって開かれたものとしてとらえる態度(ふり)の間を行き来するということが、私たち人間の本質である。(pp128)



ものごとを突き詰めていくということは
他者を外した内なる自分とのコミュニケーションになるのだ。

だから行動が必要なんだな。

身体を動かしながら、考える。
逆は自分には向いてない。

自分のことって、分かっていたようで分かってないもんだ。

【Book】身体から革命を起こす(甲野善紀)

小成は大成を妨げる次第の要素である。そこそこの成功は、それ以上のものを追及させないための強力な目隠しとなる(pp.40)

たえず極限的な状況を設定して、死という否応ない現実に向き合おうとする中で
ギリギリの能力を発揮することで、それまで自分が現実と思い込んでいた世界を破壊する。(pp.55)

自分で薪を作って、火をおこして、飯を炊いてっていう、人が山の中にいて
生活するための基盤になることをある程度見につけて送ってことは、
どんな仕事についてもいろいろと役に立つと思いますね。
やっぱり身体を使ってやるって言う体験がないと、言動がどんどん空洞化していきますから。(pp.290)

身体がなまっている。
感覚も鈍化している。

やっぱ身体を動かすしかないな。

日記

昨日読んだ
「自分の仕事をつくる」(西村佳哲)にインタビュー記事が載っていたことがきっかけだ。

モノづくりの基本は、やはり"身体"というアンテナですよね。

僕は自分の個人的なことを、きちんと掘り下げて、一つ一つ形にしていきたい。
別に一万人を相手にしなくたっていいでしょう?

今の社会は全員が余所のもので余所のことをやっていて、
その結果誰も幸せになっていない感じがするんだな。

僕の理想は、人間が一日で歩ける半径40キロくらいの範囲で
野菜や水など必要なものが手に入り、その地域のなかで循環できること。
足下の衣食住のような、ごく小さなことのつむぎ上げが文化だと思うんです。

これらの言葉が胸に刺さった。
「この人に会うしかない!」と思い、失礼を承知の上で電話した。

反応は「伝えておきますので、折り返しお電話します」とのことだったが、
・こんな素敵な感性を持たれた方が選んだ場所を見たかった
・なんとなく会えるような気がした(待っていても会えない)
という二点から、無理ならカフェでお茶して帰ればいいと思い見切り発車。

その後電話をいただき、
すでに向かっているのなら仕事が終わったあと時間を少しいただけるとのこと。

結論から言うと、行ってよかったの一言。

すべてが想像以上。
空間の質というのか、なんというのか。
建物が存在する周りの空気が異なっていた。

大げさでなく、今まで生きてきた中で最も気持ちのよい空間だった。
自然とここまで調和することが可能なんだということを知った。

「昔ながらの暮らしは壊れていくもの。
だから、未来につながるものにしないといけない。
Refineしないと存在価値はない」

とお話いただいたのだが、

「ああ、こういうことなんだ」とすべてに合点した。


*今日いただいた言葉と気づき*

一人の人間として魅力が溢れている人、
世界中どこにいっても生きていける(価値を生める)人を
自分は本物だと思うのだということ。

「まだ間に合うから全部捨てたら?」
⇒自分はたくさん不要なものを持ってしまっている。

「身体を動かさないと。一歩を踏み出して、そこで動けば次が見えてくる。
頭で考えていてもなにも生まれないよ」

「きみはなにもやってないのに、10歩先を読もうとしている」

「きみは自分のことばっかり考えている。愛情がない。愛情を注いでいくとうまくいくんだよ。」
⇒最近の自分は、自分のことしか考えられてなかった。

「イメージを持って身体を動かし続ける。成功するためには、やり続けることしかない。」

「世の中には必要のないこと(仕事)が多すぎる。必要のないこと(仕事)を生む社会システムが不幸な人をつくってる。必要最低限のものを精一杯つくって循環する社会がよい」

「今に生きなさい」
⇒今を生きるんじゃなくて、今に生きる。

「シンプルなことなんだよ、世の中は。シンプルに生きなさい」

**
衝撃的な一日でした。

2008年3月10日月曜日

今日のできごと

今日はひさしぶりにいろいろ考えたいことがあったので
予定をキャンセルして房総半島へ一人旅。

といっても電車に乗ったまま内房線⇒外房線で
車内で一周まわってきたのですが、意外と時間がかかった。

本をがっつり四冊も読めました。
陽のあたる車内でゆっくり読書ってのは幸せなもんです。

あ、ちなみに四冊は
・自分の仕事をつくる(西村佳哲学)
・ウンコに学べ(有田正光)
・身体から革命を起こす(甲野善紀)
・自然資本の経済(ポール・ホーケン)←途中

今日はかなり気づきが多かったです。
ちょっとまとまらないのですが、
いまぜひ会いたい人を発見してしまったので
明日電話してみようと思います。

ずぼらな自分への有言実行として記しました・笑

2008年3月9日日曜日

【Book】日本文化の形成(宮本常一)

前々からこの人の本を読みたいと思っていたものの、
ちょっと選書を誤ったかも、、
(というか図書館に欲しい本がなかった!)

古事記や日本書紀をもとにして
各地の民俗を調査した経験を交えて持論を展開する。

個別にミクロな事例ばかりなので、
歴史について造詣の浅いがゆえによく分からなかった…。

感想としては、
いまは急激に社会が変化するドッグイヤーだといわれるけど、
日本を形成してきた人たちも大きな変化を経験していることがイメージできた。

沖縄の話では、さまざまな事情から島を航海したことが書いてある。
まず目に見える島まで自分たちのもっている資源をつかって
試行錯誤して渡っていったのだろう。

そこから、見えないところへ初めに渡った人はどんな気持ちだったのだろうか。

たしかにシリコンバレーの人たちもすごいと思うけど、
昔々、海原に出た人たちの挑戦はまさに命懸けだったはずだ。

なにがそうさせたのか・・・争いか、、食糧不足か、、

ひょっとしたら男のロマンで出て行ったのかもしれないし、
人は変化をしなければ生きていけない生き物なのかもしれない。

「不可能」という概念を改める必要がありそうだ。

2008年3月8日土曜日

【Book】豊かさとは何か(暉峻淑子)

更新が滞っていたのでまとめて!

--豊かさとは何か
モノとカネがあふれる世界一の金持ち国・日本。だが一方では、環境破壊、過労死、受験競争、老後の不安など深刻な現象にこと欠かず、国民にはゆとりも豊かさの実感もない。日本は豊かさへの道を踏み間違えた、と考える著者が、西ドイツでの在住体験と対比させながら、日本人の生活のあり方を点検し、真に豊かな社会への道を探る。(要約より)

最近考えていた問いに対して書いていて、とても共感を得た本。
一番おどろいたのは、この本が1989年に書かれたということ。
20年弱が経っても、自分がこうして同じ問題意識を持ってしまっていることが複雑だ。

いざとなっても、誰からも助けてもらえない不安と、ひとなみから排除されてしまう不安とで
強迫神経症のように、はてしない飢餓感におわれる日本人はどこまでも金を貯め続ける…(中略)

人間の生活にとってのカネとモノは、本来、生活に必要なだけあればよいのである。

人生にとってカネは手段であり目的ではない。家族や愛する者との健康で楽しい生活。
趣味、生きがいのある仕事。人生の充実感、無目的な友情、自然とともにある安らぎ。
それらが充たされれば、マネーゲームに目を血走らせる必要はないはずである。

ヤップ島に行って感じたこと、まさにだ。
しかし現実の社会の上でどこに活路を見出すのか。

清算の増大は、ある点を越えれば、欲望を育成するようになり、生産が急速に増加するのに
比例して、需要も急速に増加する。

強者は、自由競争から免れて独占力の上にあぐらをかくことも許されるが、
弱者は競争のきびしさにかりたてられねばならなかった。

一般の市民にとって、競争は不安の種であり、人々を自己防衛に走らせる。
自己防衛と不安の中では、人間の気持ちを満足させることはできないであろう。

このような話は本当に難しい。
資本主義を否定することは本意ではないし、
かといって今の社会システムは変革を求めていると思う。

豊かな社会の実現は、モノの方から決められるのではなく、人間の方から決めなければならない。

これに対して、西ドイツでの生活の経験などを引用して
富を投資ではなく人に使う社会福祉の充実という点や、
可処分時間などによって説明している。

本当の豊かさを実現するためには、まず、それぞれが、自分自身の豊かな人生の実現とは
どんな生き方なのかを、理論的にだけでなく身体的にも知らなければならない。

激しく同感。

そして生態学者が言う「豊穣」という言葉は、
もともと生物にとって多くの種が共存していることというように、
すべての個人の生をそれぞれが豊かに生きることでしかないと思う。

ピラミッド構造の上位数パーセントしか生きられないのであれば
戦いあって争奪するしかないと思うけれども、
みんなが笑顔で生活できるのならそっちを選びたい。※

とうしたらいいんだろう。
ふぅむ、答えは難しいけど、まず国内で言うと所得の再分配なのかな。


※補足
http://www.new-agriculture.net/blog/2006/10/post_18.htmlより

>総務省統計局の。日本の統計年鑑「第27章国際統計」を調べてみました。
27-5に農畜産物生産量及び漁獲高のデータがあります。
それで、単純に各生産高を世界人口で割って1日当りの供給量に換算してみました。

穀物  :約20億t=約900g
m146 根茎作物:約7億t =約300g
m178 豆類  :約5千万t=約25g
m270 野菜果実:約12億t=約600g
m233 肉   :約2億t =約90g
m297 牛乳  :約5億t =約250g
m271 鶏卵  :約5千万t=約25g
m180 漁獲高 :約9千万t=約40g

これを我々の日常の実感ベースで考えてみると・・・
米なら1合で150g(茶碗に2杯程度)なので、1日6合(茶碗で12杯)!年間で約320kg!になります。現在の年間米消費量が60kg、戦前で150kgなので、有り余るほどの量になる。

こういう現実をリアリティを持って知るためにはどうしたらいいんだろうか。

2008年3月4日火曜日

今日の気づき

しばらく滞ってしまった。。

卒論をようやく提出できたのでリズムも取り戻ってきた。
本のことも書けていないので継続できるようがんばろう。

今日は大きな気づきがあった。
心に留めておきたいのでメモします。



T先生とYさんで、
女性支援の勉強会についてのMTG。

Yさんの発した人生経験と人生観に感銘を受ける。

肺癌と診断されて2年で死ぬと言われたときは
なかなか受け入れることができなかった。

肺を摘出したけど、結局肺がんではなかった。

あのおかげで今は、今日死んでもいいと思える。
ただ、死ぬのは簡単だけど、幸せ感のある死に方がしたい。

病気も子どもの頃に親がいなくなったのもよかったと思える。
どんな環境でもありのままを受け入れられることが大事。

感謝の気持ちを忘れないで生きようと思う。


今まで死生観という言葉を理解できていなかった。
今病院で「あと一年の命です」と言われたらどうだろう。

満足して死ねる?
幸せ感は持てている?
素の自分で一瞬一瞬を判断して生きたい。



そのあとは後輩のNと四時間も早稲田のQUNEで話し込んだ。

学ぶことがたくさん。
水俣病・エイズ・差別部落にフィールドワークに行ってきた
感想を聞いたのだが脱線も含めてがっつり話し込んだ。

印象的だったこと。

・田舎の集落は食文化によって人がつながっている。

・自分たちの集落に誇りを持てる仕組みが必要
⇒水俣:村まるごと博物館

・集落はLocalではない。中央(Central)である。
⇒多極化する時代。日本の地方コミュニティも同じ。

・素ダコになれる勇気(脱・肩書きや地位や名誉やお金)
⇒自分の哲学を持ち、自分を客観的に捉える。
そのために先人の哲学も有用。

・水俣病も差別も、問題ではなく"人"を見なければならない。
⇒本質は"一人"にある。

・個人も集落も"個"で立たなければならない。
⇒タコつぼ構造がコミュニケーションの断絶を生んでいる。
解決するためにはタコつぼではない素ダコの自分を認識し、
一対一で向き合う努力が必要。

・あらゆる問題はコミュニケーションの断絶?
⇒タコつぼ同士の関係で、本質を理解しようとしていない。
幸せはタコつぼ社会では実現できない。
一対一の関係性を作らなければならない。

そのための一つの仕組みが「自分経営」で、
<素の自分を表現し真剣にそれを受け入れてフィードバックする>
という本質的なコミュニケーションを練習する場。


2008年2月25日月曜日

【Book】老舗企業の研究(横澤利昌)

老舗企業こそ近代経営学を横目で見ながら無意識のうちに右脳と左脳のバランスをとり、しかも健康で行き続けなければならないということを認識している。そして、売り手よし、買い手よし、世間よし、いわゆる「三方良し」の理念のもと、企業を存続させることにより、地域を発展させ生活を豊かにし、顧客を満足させ、働く人々も満足し、そこに企業を形成する価値があるのである。(pp.6)

つねに革新を継続するためには、つまり変化し続けるためには、変化しないもの、核となって変化を生み出し続けるものが必要である。(pp.38)


日本は想像以上にすごい国だ。

「千年働いてきました」で有名になったが、
長寿企業の数が圧倒的に多いのだ。

日本には「生業」という言葉がある。
これを辞書で引くと1.生計を立てていくための仕事」「2.農耕に従事すること」とある。

つまり日本では農業で生計を立てていくことが生業であり、
農業のためには定住をするので土地を永く生かさなければならなかった。

過度な開発は自分にはね返ってくるわけだから、
自然の吸収する能力以上に開発しないよう
伝統的な慣習や知恵によって制御されてきたのだ。

これは島国という限定された空間で生きるための必然だったわけだが

大陸を移動すれば無限に資源が手に入ると考えたであろう
欧米にはこの考え方は難しいだろう。

近年、環境問題が表出し、自然のキャパシティを超えた成長は
持続可能ではないというのが定説になってきているが、
今こそ日本の知恵に立ち戻る必要があると思う。

昨今の拝金主義的企業の廃業、不祥事、サブプライムローン問題、
すべて実の伴わない成長のための成長を志向した結果ではないか。

本当に、昔の日本はすごかった。
そんなことを企業文化を通して実感したのでした。

メモ

学ぶということは、
それによって自分自身が
変化しなければ意味がないと思う。

その意味では、学びは、自分の
限界を極めようと挑戦する
アスリートの姿勢に通じるし、
また悟りを求めて修業をする
僧侶のあり方にも似ている。

茂木健一郎 クオリア日記
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2008/02/post_4608.html

学問への造詣だけでなく、
「自然」の流れを理解している。

深く突き抜けているのに
深みにはまらないバランス感覚。

これが自分を知るということか。
やはり茂木さん、すごいなぁ。

盛りだくさんな休日

タイトルのタグは
【Book】=書評
【Event】=イベント感想など

【Log】⇒やめて普通にタイトルつけます。
いやはや、いくつかベンチマークして盗んでいかないとな。

さてと、今日はタイトルにもあるとおり盛りだくさんでした。

朝10時から渋谷でMTG。
刺激を受ける仲間と話せるのは有意義だ。
新しい素敵な出会いもあって◎



その後学生フリペの展示会を冷やかしに。
一年前まで作ってただけに、やっぱ興味ある。
デザインのクオリティが高いところはあったりするけど、しかしどうも横並び。
「らしさ」を生かした面白いことやって欲しいな~

そして自分の原点を確認。
がんばらにゃいかんな!



烈さんとお話させていただく。

「現場」に行くことにも両側面がある。
「自分を知る作業」を通して自分とつなげて捉えることが大事。

120%無我夢中になれることが大事。
期間を区切って、集中する。

すべての人に均等に存在するChanceをつかめるか。
意外と大きなものごとを成し遂げた人は若かったりする
⇒経験は必要十分条件ではない。
振るべきタイミングで、フルスイングできるかが大事!

*違和感なく理解できた。
*参考にさせていただこうと思います。



リーダーシップ読書ゼミに参加。
一週間の読書した内容をシェア。

・セルフ部ランディング
・人生とビジネス

という二つのテーマについて意見交換をし、
早めに抜けさせてもらった。

「自己との対話」がなんとなく先週のテーマだったけど、
今週は「読書と内省」という感じでいこうと思う。
がんばろー!



元マッキンゼーの横山さんによる5時間に渡る勉強会。
テーマは「考える力を磨く」

横山さんはまさに、知の巨人だ。
盛りだくさん過ぎてまだ消化できていないけど、
一つ分かったことは「勉強は必要だ」ということ。
[I don't know what I don't know]で知ったかぶりをしないように。

あらゆることに好奇心を持ち、
人の10倍繰り返し考えブレイクスルーする経験を記録し、
実践として経験を積み重ねる。

あと、
「資源に限りがあるからこそ戦略が必要なんだ」という考えにはハッとした。

・資源は集中投下しないといけない(若いときは特に)
・戦略的優位性=自分で考え抜いた解じゃないとダメ
・戦略的優位性=時間差が◎。 他の人より三年前に発想する⇒行動する

晩御飯食べてないからおなかすいてるけど、
おなかいっぱいな一日でした。

2008年2月24日日曜日

【Log】一週間のまとめ

○自分の大切にしたい要素に立ち戻ることができた

まだまだ正直分からないことが多いけど、

・自然
・田舎
・学び
・子ども

キーワードとしてはこんな感じかな。

やっぱり真の「豊かさ」を自分自身が体現し、
それを周りの人に体験してもらいたいんだ。

そのための手段は多々ある。
ちょっと前は「食」というのが一種メディアで、
この前までは自分の人生の選択としてロールモデルになりたかった?

もちろんいろんなやり方があるけど、
自分の腑に落ちていなくて心に逆流するのであれば
それは意味がなかったわけだ。
自分の心に逆らったことはできない。



○「内省」することの大切さ

「素直に生きる」ということを大切にしていたが、
自分の行動を意義付けていかないと見失う。

今までは無我夢中に走りつづけていたから
やりっぱなしでも問題なかったけど、
あとづけでもいいから意義付けることが大事。

むしろ自分の「長所」だと思っていたけど、
散らかりすぎると整理がつかなくなるので「内省」のプロセスを大事にしよう。

その上で自分のベクトルを集中させないと、
力を分散させると突破力がない。
自分の中の「一点」を定めないと。

そして自分の中に溜まったものを使う。
なにごとも貯め続けると悪循環にはまるので、思い切って使うことも意識しよう。

2008年2月23日土曜日

【Book】リーダーシップの旅~見えないものを見る~

この本はお世話になっているISLの野田さんが書かれた本。

いつも思うけど、ほんと素晴らしいと思う。
野田さんは自分の至らなさを知っていて謙虚で、
でも高い志を妥協なく追い求めるため努力の人だと思う。

同じ年代になっても「かなわないな・・・」
と思ってしまう方の一人です。

以前に軽く読んでいたのですが、
今日改めて読み直してよかった。
今の自分に必要なことがたくさんありました。

リーダーシップ論が主だけれども、
その背景にある自己との対話的な内容が印象に残った。

溜め込んだものが捨てられなくなると、人は旅への一歩を躊躇してしまう。

周りからの信用とか期待とか(金や権威も)を溜め込んでしまうと
使うためにあったのに守りに入って自分自身の足かせになってしまう。

「アクティブ・ノンアクション
=本当に必要で意義があり、真の充足感をもたらしてくれる何かについては、
まったく達成できていない状態


これを阻止するためには「内省」のプロセスが必要。
活動が終わった後に、あとづけでもいいから意味づけることが必要だと言う。

ほんとその通りだと思う。
立ち止まって振り返ることをしてこなかったことのツケが今に回っている。
散らかった部屋が自分の心を表しているようで、先日から片付けている。

「忙しいから絵がかけないのではなく、描けないから忙しいのだ」

多忙なように思えるのは、実は絵が描けていないから。
一つの大きなベクトルを設定できればもっと状況は変わるはず。

本当に何かを望んだとき、宇宙のすべてが協力して、夢の実現を助けてくれる

きれいな絵は、初めからきれいとは限らず、むしろ旅の中で次第に輪郭がはっきりしていくものだから。

荒削りでも自分自身の絵を描くことが大事だ。
その輪郭がはっきりしてきたとき、自分も周りも本気になれるものができる。

そういえば今日横目で見ていた「耳をすませば」でも、
雫が書いた小説をおじいさんが読んだときにそんなことを言っていたような・・・。

挑戦し続ける中で、何度も人に助けてもらい、困難から抜け出すことができ、感謝の気持ちで心がいっぱいになった時、ようやく心のそこから自然と口をついて出るのが、「社会のため」「公器」といった言葉ではないだろうか。

これには最近の社会起業家ブームなどに見られる、
ちょっと前のITバブル時のアンチテーゼ的に横行する「社会」という言葉について考えさせられた。
「社会のため」という言葉の重みが違うんですね。


読んでるときにもっともっと思うところがあるのに、
こうやって書き出すとうまく有機的につながらない。。
日々是精進ですね。

2008年2月21日木曜日

【Book】 禅的生活 (玄侑宗久)

まだまだ書評の書き方は模索中。
どうやって書くのがよいのか、、
(ちなみにこの本は新潟で滝行の前後に読んだ本)

せっかく滝に打たれるのだから、
禅の世界を知った上でイメージを持ちたかった。

結果からすると、悟りとか絶対的一者とか
本を読んで滝に打たれたけど全然分からない。

万物は隔てなく一つであり、空間の感覚も、時間の経過の感覚もない。自己とそれ以外の世界との間に境界はない。そもそも、主義的な自己というものがなく、絶対的な合一の感覚だけがある。思想もなく、感覚もない。心に自我はなく、純粋な、未分化の気づきとして存在している。

これが著者が行っている悟りの状態。

これを見てちょっと思い当たることがあるのは、
「怖い・冷たい・寒い」という感覚が消える瞬間があったということ。
服を脱いで歩いているときは寒くて仕方なかったけど、
滝に打たれる直前、そういった感覚が消えた。

たしかに思い返してみると時間や空間の感覚がなくて、
滝に打たれている時は感覚があったかもしれない。
(意識が朦朧としてただけかも・・・笑)

また、著者は学問的な造詣も深くて
自分のこと(禅)も西洋的な哲学にも相当精通している。

一般的に修行している人は視野が狭くなっていくものだと思いきや
ここまで客観的に見ることができることに実は一番学びがあったかも;
以下は人生に対する気づき。

ロゴスから出発する彼ら(西欧人)は自己や世界を「分かる」ことにしないと気がすまない。
しかし我々東洋人には、世界の根源をカオスと見るタイオイズム(道教)がある。

今の世の中に対する違和感のヒントがあった。
東洋人は元来、身体を全的に捉えていた。
だから、なんでも切り離して考えようとする西洋的考え方(資本主義とか)は合わないのか!?

実際に現れる自己は理性でも感情でもなく、習慣によって動くものだし、思考も習慣どおりしている。
禅はあくまで生活から離れないのだ。

どんなによいことをインプットしても習慣化されないと一瞬でなくなるし、
逆に習慣を作っていけば自己も変わっていく。

一日一日は独立しており、一瞬一瞬は一つの流れとして繋がっていないのだから
「今」に力強く立つことからすべてははじまるのである。

ここでブログのタイトル「Carpe Diem」とつながった!笑

もともと善悪の判断じたいが人間の勝手なものだし、
結果なんていつどこに顕れるか分からないのだから、
そんなものを期待して「今」という時間を殺すな。
因でもあり、同時に果でもある瞬間として「今」を味わい尽くせとおっしゃるのである。

ああ、なんと素敵なんだ。
因果を否定しているわけやけど、結果的には「原因と結果の法則」と同じことですね。

現在という瞬間が一切の過去や未来から独立した時間であると意識的に思いつつも
その現在を成り立たせている無限の過去の「因」に感謝を忘れない。
日本語には「お陰様」という言葉がある。
「陰」とは見尽くせない因であり、それにわざわざ「お」と「様」をつけているのだ。

日本語ってすばらしい。

こんな素晴らしい思想を持っていて、どうして今の日本で自殺をしなければならないのか。
心は形あるものを探すって感じのことが書いてあったけど、
人はみんなそういう弱さ?を持っていて、
そこに依存していくと生きづらい世の中があるのか。

今日先生と話したこととも通ずることがあるな。
深いテーマだ 。

【Book】水と土の文化王国にいがた

最近新潟づいていて興味があったところ、
T先生が貸してくれるというので借りて読みました。

田中角栄の全総によってリトル東京を目指し、
素晴らしい文化を捨ててきた。
その結果「新潟には特徴がない」と市民が自嘲するようになってしまった。

そんな新潟市の市長に民間から当選された篠田氏の
行政経営について書かれています。

(下記は部分的に抜き出しています)

広域合併を実現した新・新潟市は、これまでも自らの
アイデンティティーを早急に作り上げる必要性に迫られていました。


よその方から「新潟ってどんなまちですか」と聞かれたら
これまでは「『食と花の政令市』であり、開港五港にも選ばれた『日本海側のみなとまち』です」
と答えるようにしてきました。


しかし食も花も全国に競合が多く、
ましてや国際的に通用するキャッチコピーとしては適していない。

大勢の方からお話を聞き、意見交換する中で、私は一つの結論に達しました。

それは「新潟市は、世界でもまれな水と土に恵まれた日本の中でも、最も大量、そして多様な水と土によって作り出された『水と土の文化王国』である」との到達点です。

文化を美術・工芸や様式美など狭い分野でとらえると、新潟は金沢の加賀百万石文化にとてもかなわない気持ちになってしまいますが、もっと広く生活や食べ物、祭り、地域の踊り・芸能に広げた「暮らし文化」で見直すと、新潟はまさに「水と土の暮らし文化王国」であることが分かります。

この視点は面白い!と思いました。
成果物を名産としてウリにするのが普通ですが、
あえてそれを作り上げる土台の部分に価値を見出している。

これが「大地の芸術祭」(http://www.echigo-tsumari.jp/index.html)
という豊かな自然を舞台にした芸術祭につながったとのこと。

「人間は自然に包含される」というコンセプトの下、
広い妻有の里山や棚田を眺めながら、
アート作品群を汗だくで訪ね歩く芸術祭はとてつもなくくたびれますが、
とてつもなく面白いものでした。

直島と似ているなと思ったら、
こちらもベネッセの福武さんが関わっているとのこと。
交流人口を増やすという意味における
地域活性のツールとして芸術は素晴らしいですね!

あと、以下は「新潟のまちづくりを考える連続フォーラム」の
講演内容をまとめた最終章からの引用。

▽安藤忠雄氏
「新潟と東京と経済的に競争しても仕方がないわけです。
知恵で競争しなければ仕方がない。頭を回転させなければ。
心の豊かさと経済的な豊かさとは別ですから、
新潟は心の豊かさで、東京は経済的な豊かさでいいのではないでしょうか。」

「新潟にはっ可能性がある。何かきっかけがあるものには挑戦していく勇気を
いつまで持ち続けるかが、地方の発展の力になっていくと思います。」

これは人の人生も同じですね。
今の自分は刺さります。

▽福原義春氏
「もともと文化とは人間が古来より持っていた"よりよく生きよう"という思いの産物であり、
より良い生き方を求める人間のクリエイティブな行為の産物である

「地域の文化に厚みが出ると、そこに住む人たちのアイデンティティーが強くなります。
ここにこれからも住み続けたいというようなアイデンティティーが働いてくると、
それが誇りになり、地域の連帯感を強めます。その地域の連帯感が求心力につながってくるわけです。

この文化論は示唆に富んでるなと。
ヨーロッパはEUという国家を超越する概念の出現により
国家ではなく地方の文化を生かす方向にどんどん進んでるようですが、
日本の地域活性も方向転換をしていかないとね。

今の経済システムをそのまま導入して競争社会に持ち込んでも
地方のくくりの中でまた勝敗が分かれるだけやから。
考えさせられます。

【Log】T先生@早稲田

先週に引き続き、お話をしに早稲田のカフェへ。

今後の方針について構造的なアドバイスをもらった。
二軸に分けて成功を定義する。
そこに到達するまでに必要なリソースをいかにして得ていくか。
目指す姿が見えたら、その後は戦略的なプランも必要だなと実感。

自分の場合、
【コンテンツスキル×ビジネススキル】(←名前は適当)
の二つが必要。

今のコンテンツで勝負するのもありだが、
まずはコンテンツを得ようと思ったのが今回の判断だった。
ビジネススキルも必要だけど、ここでプロフェッショナルになる必要はない。
周りの仲間を共感させられれば目標達成も可能。
自分のポジションを意識する。


・消費=マクロ
・意義=ミクロ

この二項を両立させることが目標。
ミクロは現場にある真実をいくつかのパターンで理解できれば
そこからの応用は可能。消費から入ると難しい。

消費というお金のやりとりは関係性を絶つためのもの。
その意味では世の中に溢れている地域通貨も変わらない。
地域通貨の目指すところは流通させずStockするもの?通過しちゃだめ。
「ありがとう」の交換を、そのものを等価交換しない形にする。
これによって複雑で断ち切れない関係性を作る。
⇒マインドの変革が必要。既存の地域通貨は変化のツールになりえる
⇒地域にとってよい状態をつくりだせる


教育は循環が必要。
学びの総量は、

教えられる<教える

なので、教えられる⇒教える側になる循環を作る。
一過性の場当たり教育は、教育の機械損失を生んでいる。

環境教育は自然と接する中でたくさんの学びがある。
これらは能動的で、対象に愛情を注ぐ喜びを与えられる。

ここが肝!?

【Event】第17回銀座食学塾シンポジウム「有機野菜はなぜおいしいの?」

またしてもブログを書けていない自分に自己嫌悪。
やはり事業などという前に、自分の生活を正すところから変えないと。

さて、昨日お手伝いさせてもらったシンポジウムの感想をば。

研究者、政治家、官僚、農家の方と多様なパネラーの方々が
有機農業に対する想いや法案成立に向けた努力などを語った。

印象的だったのは、
「病気になってもうすぐ死ぬかもと思い、最後の望みに食事を変えた。
有機野菜・玄米にしたら身体がよくなって、今では同年代の人より元気です」といったような言葉。

やはり食は命の源。
医食同源とはまさにこのことである。

最近、冷凍餃子やらでいろいろ騒いでいるけど
まあ当然のことですよね。
しかし餃子が、、中国が、、ではなくもっと問題の本質に目を向けて
その解決方法を真剣に探ってほしいですね。

余談ですが、個人的にはCO-OPに対する調査報道がないことに疑問を覚えます。
食の安全を担保するために協同組合を作ったはずなのに
この前からミーとホープといい冷凍餃子といい高リスク食品ネットワークなのかと。

むしろ消費者が品質無視の低価格志向に向かっているのか?
もともとは供給者側の論理で食までも効率化されることに抵抗するために
消費者がネットワークを組んで交渉力を持とう!という成立のはずなのに。

余談は終わり。

今、有機農業は農薬を使う農法に比べて劣る点はほぼないらしい。
むしろ最初は大変だけどしっかりと学べば生産量でも負けないそうな。

まったく日の目を浴びない頃から地道に努力された生産者の方を尊敬すると共に、
自分が心のそこから信じることのできる正しいことを歩むことこそが
自分・そして社会の幸せにつながるんだということに気づいた。

試食会でも、野菜はとってもおいしかった!
やっぱり自分で野菜作って食べれるようになりたいな。

2008年2月18日月曜日

【本は10冊同時に読め!―生き方に差がつく「超並列」読書術】成毛眞

書店でぱっと手に取った本。
ダイヤモンドの勝間特集の後だったから興味を持ったのかな。
二割で八割理解できる系の典型的な文庫本でした。

今流行の読書のhowto本の一種ですが、
差別化のためかメッセージがとがりすぎてるような、、

同意できるところも多々あったのですが、
断定的な否定口調が多くて
どうも価値観の偏りを感じてしまいました。

面白いなと思ったのは、

これからの時代はブルーカラー・ホワイトカラーなどの階層ではなく
「クリエイティブカラー」を目指すことが重要

といったくだり。(立ち読みだったので忠実ではありません…)

ちょっと自分が考えていたことと近いコンセプトだったので
『クリエイティブ・クラスの世紀 (リチャード・フロリダ (著),井口典夫 (翻訳) )
を読んでみようと思います!

ちなみに主旨としては、

本をたくさん読まないと成功できない。
本を読んでいない人は相手にしなくてよい。

生活空間のいろんな場所に、さまざまなジャンルの本を配置して
隙間時間に読むことで頭のいろんな部分を刺激できる。
すべての本は読みきらなくて良いので、面白かったものだけ最後まで読みきればよい。

といった感じでした。

あと、個人の差別化戦略を実践しているようで
その辺のセンスは結構参考になりました。

2008年2月17日日曜日

【Site Visit】水行(冬山滝打たれ)


いま、新潟からの高速バスです。

一昨日はここ最近のメインイベントだった
【水行】を行ってきました。

僕らが行った地域には高知県の一部と
ここにしかいないという山伏信仰がある地域です。

普段は巻機山という日本百名山にお経を唱えながら登り
夏は火渡り、冬は滝打たれをするのが修行だそうです。

そしてその滝打たれに僭越ながら参加させていただいたわけです。

というのも、「持続可能な社会と市民の役割」という授業を受講していた
その一貫で昨年秋に清水集落へお邪魔したのです。
そのときは林業のお手伝いなどをさせていただいたのですが、
「清水は冬に来ないと魅力が分からない!」とさんざん言われたので
受講生の卒業旅行という位置づけでお邪魔させてもらうことになり
「どうせなら水行の時期に、、」ということでやることになりました・笑

白い褌をはき、白い襦袢を来て、白いはちまきを身につける。

僧侶の人が紙を配り、そこには呪文?が。
「沐浴身体 富願衆生 内外清浄 身心無垢」という言葉を何度も唱え
草鞋を履いていざ、出陣!

山伏修行者の方がほら貝を吹き
真っ白な雪道を雪が舞う中歩くのは
とても神秘的なものを感じました。

到着すると神事がはじまり、
精神を鎮めれば雪もまた温かしと思ったのですが
精神とは裏腹に震えはとまらない。。

激寒い中、お経を唱えていると
お坊さんが振りかざした棒が後ろの人の首を直撃。
これには精神が途切れて苦笑してしまった・・^^

そんなこともありつつ、
階段を一つずつ上り、
滝の前まで来ると不思議と寒さ冷たさが消えた。

腹を決めると恐怖心が消える瞬間があり、
心の静寂とともに右足から滝の中へ。

沐浴身体
富願衆生
内外清浄
身心無垢

禅の本を読んでいて
無の境地を体験したいと思っていたため
この言葉を唱え続けた。

だんだんと意識が朦朧としていき、
心はからっぽな状態に近づいた気がする。
あれが無の境地なのかなぁ。ふーむ。

終わったあとも、身体はあったかかった。
しかし甘酒を飲んだとたんに身体が震えだした。

ぼくの身体は意識(理性)が支配していて、
真の感覚は別のところにあるのだと思った。

本厄年だったが身は清められた気がする。
一年、がんばっていこう!

2008年2月15日金曜日

【絶望に効くクスリvol.9】高木善之

いろいろ考えることがあり、期間が空いてしまった。

リアリティーのないまま走ってきてしまったことに気づき、
シンプルに結論を出さなければならない。

大切なことは、自らの決断を信じること。
鮮やかに見えるvisionを見て、そのために「原因」作りを続けることでしかない。

しかし自分の分をわきまえることも大切。
老舗研究などを通して感じていたことが、
いまようやく分かった気がする。

今まで「理想を追求すること」が最も大切だと思ってきた。
曇りのない世界に近づくべく歩んでいくことこそが、
自分にとって最も大切なことなんではないかと。

「自分は正しい」と考えている限りダメなんだ・・・
「正義感」も「主義主張」もいらない・・・

一番大切なのは相手の立場を受け入れることなんだ…
つまり、相手を愛することだよ。

どっち側にも立たずに、どっちも愛する、

相手をねじふせて、自分の思い通りにするのではなく、
相手と共に歩む・・・

これが「非対立」という考え方

友成先生が、最も大切なことは「コミュニケーション」であるって言ってた。
ああ、そういうことか。
相手の立場が理解できていない俺はまだまだ甘くて
理想主義者になることは確かに自分の価値を高めるけれども
相手の立場を理解できなくなってしまうと意味がない。

真理を追究しながら(新パラ)、
社会の仕組みを知る(旧パラ)

これができないと世の中はよくできないんだ。


山田:困難な問題を前に、何があってもすべてを受け入れる覚悟をして、腹をくくって事に臨まないとブレるし、折れるぞというのが、最近分かってきたところです。

高木:私は、自分がどんな目に合おうと、どんな場面に出会おうと、絶対に揺らがない。落ち込みもしないし、諦めもしないし、躊躇もしないと思う。どんなにショッ クを受けても、自分がこれをやり続けるんだという気持ちは揺らがないと思います。実際に行動するには、そういう強さが必要なのです。
(対談インタビューより)

強さが必要である。
この強い決断の裏には、葛藤とタイミング、そして必然性が必要。
それは流れに逆らって作るものではないく、
来るべきタイミングを見据えて日々前進することが大切。

山田:漫画の原点は風刺。直接的じゃなく、比喩や風刺で描けば、国内だけじゃなく、世界に通用するものになると気がつきました。サン・テグジュペリの『星の王子 様』のような手法で描いてみたいと考えています。地球を水槽だとすると、水槽が汚れているから魚が病んでいるわけで、病んでいる魚についてあれこれ語るよ り、水槽をろ過する仕事がしたいです。

まっすぐな表現、生き方しかできない自分には刺さった言葉。
星の王子様、原因と結果の法則をはじめ世の中の真実はシンプルな言葉だったりする。
田坂さんもよく比喩を持ち出して言うが、ものごとの理から学ぶことは大切だ。

高木:人間が変わるために必要な要素は3つあるんです。『ショック』と『感動』それに『希望』です。人間は現実を知らされると「えー !! 」とショックを受けるんです。山田さんも最初はそうだったでしょう ? だから、私はショックを与えるんです。しかし、ショックだけではいじけたり、絶望したりします。そこで感動が必要なのです。そして感動は希望から生まれる。実際に希望に向かって進んでいる人を見ることが感動を生むんです。そして、その感動がその人自身の希望にもなる。

今、自分は希望を持っているだろうか。
明確に描ける希望を。
かすかにつかみかけているものを小さなところから積み上げていくのもありかもしれない、、

しかし今、自分の中にある希望はなにか、
そしてそれを実現するためになにが必要なのか。
どういう道筋を描くのかについて考えないと。
地図を持たずに道を歩いても迷子になってしまう。

2008年2月11日月曜日

【ユダヤ人大富豪の教え】

書評第一号は、以前ブームの頃にさらっと読んだことがあったが
ふと今の自分に必要な気がして買った「ユダヤ人大富豪の教え」。

まとめ方に関しては今後改善していくとして、
まずは抜き出してコメントを加えていこうと思う。

≪人生の結果はその人の本来の意図を表す≫

これが究極のメッセージだろう。
ジェームズアレンのメッセージはやはり深い。

≪人生は『考えること』と『行動すること』の二つでできている。
今まで考えてきたことと、思考の結果行動してきたことの集大成が君だ≫

よく考えたらそうだ。
思考が行動に影響を与え、その逆もまた然り。
好循環をつくっていきたい。

≪幸せに成功したければ、自分らしい人生を生きることに集中して、
お金のことや成功することを忘れることが大切なんだよ≫

お金のことを忘れる、、
ユダヤ人大富豪のゲラー氏は「好きなことをやる」⇒「ビジネスに成功する」
そしてお金持ちになることでお金から自由になると言っているが、
それは資本主義社会の中ですべてに応用できるものなのか?

途中、ビジネス成功のための内容がたくさん書かれているが、

≪幸せになるためには、三つの鍵が要る。それは「自分が誰かを知ること」
「自分の好きなことを追いかけること」「自分と周りの人を愛して、愛されること」≫

≪現在、地球のほとんどの人が、「自分は誰か?」ということを忘れてしまっているように見えます。
何をするとワクワクするのか、何が好きで、何が嫌いかすらも分からないまま、
人生の迷子になっているのです≫

このように文庫版の作者あとがきにあるとおり、
自分の望む人生を自ら選択していくことが幸せであり、
このように考えると世界単位で幸せにすることも可能なんだ。

自分について考えないといけないな。

大学の終わり

さっき、4年間の4分の3以上を費やした学生団体の卒業旅行から帰ってきた。

現役時代に季節毎にやっていた合宿と場所も内容も変わらなかったけど、
とても楽しくて思い出に残る時間やったと思う。

しばらくみんなとは会っていなかったけど、
久しぶりに会っても昨日のことのように接することができる。
しょうもないことを気にせず、なんでも話せる。

引退してから一年間いろんなところで活動してたからか
そんな何気ないことがすごくうれしかったり。

同期は頑固で変で適当でどうしようもない奴が多いけど
やっぱり自分にとってこの場所はとっても大切で、
一生大事にしていかんとあかんなと素直に思った。

そんな気にさせてくれた幹事たちには心から感謝。

演芸大会で頭からサラダ油をかけられたりしたけど、
夢の宣言とそれをみんながコメントしていくコンテンツは
めずらしくまじめで良い時間やった気がする。さすがだ。

しかし、そんな近くて大切な仲間である割には、
ちゃんと真剣に話したことってあんまりない。
自分の弱いとこも含めてさらけ出すこともしてないかも、、

と思ったので、4月までにみんなとそういう機会を作りたいな。
いや、つくろう。

相変わらずみんなに支えられ立ててもらい続けてると気づいた今日この頃。
がんばっていかないとね。

ちなみに、伊豆に行ったのですが

▽赤沢温泉
http://top.dhc.co.jp/akazawa/onsenkan/index.html

は入浴料は高い(平日:1200円)けど、景色はやばいです。
近くに行ったらぜひ入ってみてください!

ブログはじめます!

こんにちは。

今まではちゃんとしたブログを持っていなかったのですが、
自らの人生について記録を残していきたいと思います。

自分を表現していくことに対して苦手意識を持っていたけど、
これを機にしっかり文章としてアウトプットしていきたいと思います。

Visionは「映像」。
直感的に見えることもあるかもしれないけど、
自らのことを言語化していく作業は材料作りに近いかも。

ノートにいつも書きなぐっているけど、
ちゃんとタイトルしてまとめないとね。
こういう作業が必要だとようやく気づきました。

ちなみに、
「次世代リーダーシップゼミ」というものに参加させて頂くことになり
これからしばらく毎週5冊の本を読みブログに書き残していきます。

今後の自分の人生を考える自分にとってはまたとないチャンスなので
しっかりと取り組んでいきたいと思います。