長らくご無沙汰していました・・・
見てくれている(奇特な!?笑)方には
ご迷惑おかけしました。
実は、ブログを新しくつくりました!
▽It's a Wonderful Journey
http://ytomohiro.seesaa.net/
いよいよ実名で書いていきます。
旅をする人生と
人生という名の旅について
旅行記を記したいと思います。
2月1日から限界集落と呼ばれるところを中心に
島や中山間の過疎地域を巡って日本一周してきます。
どんな形になるかはまだ分かりませんが、、
詳しくはそっちのブログを見てもらえたらと思います。
こっちは一応クローズドなので
公開できないような悩みとかがあったら
書いてみたいと思います。
それでは、、
いつもどうもありがとうございます。
今日も一生懸命、
今を生きています。
2008年11月18日火曜日
【転載】ひとつの決意
同じく転載。
あの頃の理想に、
ぼくは近づけているのだろうか・・・
2007.08.20
『ひとつの決意』
「なんとかなるって」という言葉を口にした瞬間、
「なんとかしなければいけない」義務を負うと知っている。
今まではたいてい、なんとかしてきたつもりだ。
大事なことは"気持ち"。
だから、その人がなんとかなるって思って努力することができれば、
たいていのことはなんとかなるのだ。
それは自分自身も同じ。
でもこれからお金を稼いで生きていくとき、
それはとてつもなく難しくなっていくだろう。
誰かの期待に応えられないというのは辛い。
善意が憎悪につながることにもなりかねない。
そうは言ってもやはり、
いつでも楽観的に人を勇気付けられる存在でいたい。
自分の周りにいる人たちがポジティブに生きられるような存在になりたい。
そのためには、もっともっと成長しないと。
周りの人も幸せにできる"武器"を身に付けないと。
「なんとなかなるから大丈夫」
あらゆることに対して、この言葉を、責任持って
言えるような存在になれるよう、強くなりたい。
あの頃の理想に、
ぼくは近づけているのだろうか・・・
2007.08.20
『ひとつの決意』
「なんとかなるって」という言葉を口にした瞬間、
「なんとかしなければいけない」義務を負うと知っている。
今まではたいてい、なんとかしてきたつもりだ。
大事なことは"気持ち"。
だから、その人がなんとかなるって思って努力することができれば、
たいていのことはなんとかなるのだ。
それは自分自身も同じ。
でもこれからお金を稼いで生きていくとき、
それはとてつもなく難しくなっていくだろう。
誰かの期待に応えられないというのは辛い。
善意が憎悪につながることにもなりかねない。
そうは言ってもやはり、
いつでも楽観的に人を勇気付けられる存在でいたい。
自分の周りにいる人たちがポジティブに生きられるような存在になりたい。
そのためには、もっともっと成長しないと。
周りの人も幸せにできる"武器"を身に付けないと。
「なんとなかなるから大丈夫」
あらゆることに対して、この言葉を、責任持って
言えるような存在になれるよう、強くなりたい。
【転載】 大学以前。
以前に書いていたブログ
(すぐに消滅したけど・笑)
せっかくなので残したいと思ったので転載します。
2007.08.19
『大学以前。』
三年前の春、18年間過ごした大阪を離れ、上京した。
高校生活を懸けたラグビーで不本意な結果を残し、
勉強も課外活動も全くしてなかった高校生活は満足できず、
大学受験も落ちた。
そんな僕がもう一度輝くためには早稲田しかなかった。
憧れの大学に合格するという、
不可能と思える目標を達成することしかなかった。
がむしゃらに、自分を押し殺して浪人生活を送った。
辛かった。
それは勉強が嫌いだったからとか、
目標が高かったからとかじゃなかったと思う。
人生で最も充実した時間を、
溢れるくらいの想いを持っているのに
なにも形にできない自分に対する苛立ち。
もう一度負けると、
今度こそ自分は二度と輝けなくなるのではないかという焦り。
自分へのプレッシャー。
模試の結果も高校の先生も予備校のチューターも親でさえ、
「早稲田は無理でしょ」っていう判断を下していた。
信じるのは自分だけ。
あの一年間、ぼくは生きている実感を持つことはなかった。
そんな感じだったからか、
合格した後も予備校に行くことができなかった。
高校時代も振り返るのが怖かった。
ただ、それまでの過去から逃げるように大阪を離れ、
0から新しい自分をスタートさせたかった。
あれから三年。
東京での自分は全てのことに一生懸命打ち込んできた。
そしてこれから新たな人生を歩むにあたって、
あの頃置いてきたものと向き合わないといけないと思った。
いろいろなことが変わっていて、
でも変わらないものもあって。
でもこうして向き合える自分になっていることが
なにより大きな変化だったのかもしれないな。
まだまだなにもできない自分やけど、
全てのことに感謝しながら少しずつ歩みを進めていこうと思う。
大事なものをしっかり大切にしていかんとなぁ。
(すぐに消滅したけど・笑)
せっかくなので残したいと思ったので転載します。
2007.08.19
『大学以前。』
三年前の春、18年間過ごした大阪を離れ、上京した。
高校生活を懸けたラグビーで不本意な結果を残し、
勉強も課外活動も全くしてなかった高校生活は満足できず、
大学受験も落ちた。
そんな僕がもう一度輝くためには早稲田しかなかった。
憧れの大学に合格するという、
不可能と思える目標を達成することしかなかった。
がむしゃらに、自分を押し殺して浪人生活を送った。
辛かった。
それは勉強が嫌いだったからとか、
目標が高かったからとかじゃなかったと思う。
人生で最も充実した時間を、
溢れるくらいの想いを持っているのに
なにも形にできない自分に対する苛立ち。
もう一度負けると、
今度こそ自分は二度と輝けなくなるのではないかという焦り。
自分へのプレッシャー。
模試の結果も高校の先生も予備校のチューターも親でさえ、
「早稲田は無理でしょ」っていう判断を下していた。
信じるのは自分だけ。
あの一年間、ぼくは生きている実感を持つことはなかった。
そんな感じだったからか、
合格した後も予備校に行くことができなかった。
高校時代も振り返るのが怖かった。
ただ、それまでの過去から逃げるように大阪を離れ、
0から新しい自分をスタートさせたかった。
あれから三年。
東京での自分は全てのことに一生懸命打ち込んできた。
そしてこれから新たな人生を歩むにあたって、
あの頃置いてきたものと向き合わないといけないと思った。
いろいろなことが変わっていて、
でも変わらないものもあって。
でもこうして向き合える自分になっていることが
なにより大きな変化だったのかもしれないな。
まだまだなにもできない自分やけど、
全てのことに感謝しながら少しずつ歩みを進めていこうと思う。
大事なものをしっかり大切にしていかんとなぁ。
2008年11月11日火曜日
HOW or WHY
このところ、
一日の価値が高まってきた。
久しぶりだ。
ひょっとしたら大学3年生以来かもしれない。
とは言っても、
別に毎日ポジティブというわけではなくて、、
順調だと思って、
いい気になって走っていると、
ずぼっと溝にはめてくれる人がいる。
足を取られて、考える。悩む。葛藤する。
自分の未熟さに落胆する。
圧倒的に、足りない。
でも、
悩んでいてもなにもはじまらない。
まずは、足りないものを認識しよう。
そして、
それが自分にとって
どれくらい必要なことなのかを考えよう。
かなり必要なことならば、
今すぐ小さな一歩を踏み出そう。
そう思って、
昨日も一冊の本を買った。
最近は、
こういう衝動的行動を大切にしている。
鉄は熱い打ちしか変型できないのと同様、
自分も想いが熱いうちしか行動が生まれない。
そんなことが分かったから。
自分のクセを知ることは、
自分をマネージする上で結構大事なんだなと
そんな当たり前のことに今頃気がつきました。
と、またテーマから逸れてしまう。
どうも到達点を定めて、
そこに向かうことが苦手だ。
今、文章を書きながら、
また当たり前の自分に気づいてしまった。
んー。
人生もそうやし、誰かと話していてもそうやな。
変えたくないところもあるけど
少し変えたほうがいいかなと思う。
この気持ちもまた、大切にしないとな。
さて、本題に戻す。
昨日、尊敬している先輩の一人に
自分のことを話した後に言われたことがある。
「Howにこだわりすぎるところがあるよね。
Whyの方ももうちょっと磨いてみたら?」
この言葉、その時は分からなかったけど
よくよく考えてみると結構納得できた。
Whyを大切にしていないわけじゃないけど、
ニュートラルに自分の価値観と向き合うことを恐れていたかもしれない、、
哲学、思想的なことに関して
いろいろかじるけど
しっかり学ぶことを避けていた。
立ち止まって、
自分の価値観に向き合うことなく
いつも即興で垂れ流してしまう。
言語化するための静寂を持つことを避けていた。
だから、
人に伝わらないことを恐れて
人に伝えることを避けてしまう。
それは、
「他人のことは気にしない」と思っていたが、
実は誰よりも他人に受け入れられないことを恐れていた…
ということなのかもしれない。
自分の認識している自分と逆の自分。
実際にそうなのか、
そうじゃないのか、
今の時点で断言はできない。
でも、、
だからこそ
分かりやすい行動レベルの選択にこだわって
いろんなことをごまかしていた。
そうかもしれない。
昨晩、冷たくなった風を感じながら
夜道を歩いていて気づいてしまった事実。
そして、
今日一日考えて出した結論、
絶望するくらいの壁にぶち当たるまではHowにこだわる!
自分の弱い部分に目を向けて、Whyと向き合い続ける!
こんな稚拙な結論が、
自分らしくて好きだったりする。
今日も、
理想の自分に及ばない自分に
ちょっと失望しながら・・・
でも明るい未来を描いて走り出す。
今を生きる。
一日の価値が高まってきた。
久しぶりだ。
ひょっとしたら大学3年生以来かもしれない。
とは言っても、
別に毎日ポジティブというわけではなくて、、
順調だと思って、
いい気になって走っていると、
ずぼっと溝にはめてくれる人がいる。
足を取られて、考える。悩む。葛藤する。
自分の未熟さに落胆する。
圧倒的に、足りない。
でも、
悩んでいてもなにもはじまらない。
まずは、足りないものを認識しよう。
そして、
それが自分にとって
どれくらい必要なことなのかを考えよう。
かなり必要なことならば、
今すぐ小さな一歩を踏み出そう。
そう思って、
昨日も一冊の本を買った。
最近は、
こういう衝動的行動を大切にしている。
鉄は熱い打ちしか変型できないのと同様、
自分も想いが熱いうちしか行動が生まれない。
そんなことが分かったから。
自分のクセを知ることは、
自分をマネージする上で結構大事なんだなと
そんな当たり前のことに今頃気がつきました。
と、またテーマから逸れてしまう。
どうも到達点を定めて、
そこに向かうことが苦手だ。
今、文章を書きながら、
また当たり前の自分に気づいてしまった。
んー。
人生もそうやし、誰かと話していてもそうやな。
変えたくないところもあるけど
少し変えたほうがいいかなと思う。
この気持ちもまた、大切にしないとな。
さて、本題に戻す。
昨日、尊敬している先輩の一人に
自分のことを話した後に言われたことがある。
「Howにこだわりすぎるところがあるよね。
Whyの方ももうちょっと磨いてみたら?」
この言葉、その時は分からなかったけど
よくよく考えてみると結構納得できた。
Whyを大切にしていないわけじゃないけど、
ニュートラルに自分の価値観と向き合うことを恐れていたかもしれない、、
哲学、思想的なことに関して
いろいろかじるけど
しっかり学ぶことを避けていた。
立ち止まって、
自分の価値観に向き合うことなく
いつも即興で垂れ流してしまう。
言語化するための静寂を持つことを避けていた。
だから、
人に伝わらないことを恐れて
人に伝えることを避けてしまう。
それは、
「他人のことは気にしない」と思っていたが、
実は誰よりも他人に受け入れられないことを恐れていた…
ということなのかもしれない。
自分の認識している自分と逆の自分。
実際にそうなのか、
そうじゃないのか、
今の時点で断言はできない。
でも、、
だからこそ
分かりやすい行動レベルの選択にこだわって
いろんなことをごまかしていた。
そうかもしれない。
昨晩、冷たくなった風を感じながら
夜道を歩いていて気づいてしまった事実。
そして、
今日一日考えて出した結論、
絶望するくらいの壁にぶち当たるまではHowにこだわる!
自分の弱い部分に目を向けて、Whyと向き合い続ける!
こんな稚拙な結論が、
自分らしくて好きだったりする。
今日も、
理想の自分に及ばない自分に
ちょっと失望しながら・・・
でも明るい未来を描いて走り出す。
今を生きる。
2008年11月9日日曜日
「限界集落」を考える
10月25~27日に行った富山県の感想を
報告メールに書いたものがあったので貼り付けてみます。
ちなみに、この前には富山県魚津にある小菅沼地区という
限界集落(※)の耕作放棄地の有効利用に関する
ワークショップなどを住民の方と一緒にさせていただいた。
(※限界集落とは、住民の50%以上が65歳以上の集落を言う)
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%90%E7%95%8C%E9%9B%86%E8%90%BD
・・・とは言っても、
形式的なワークショップの時間は少しだけで、
草刈りを手伝ったり、種を撒きをしたり。
でも一番は、
すっごく趣のある古民家で
囲炉裏を囲って地元の山菜料理などをつまみながら
お酒を飲み、語りあったことがメインだった気がする^^
囲炉裏でしいたけやらお餅を焼きながら
じいちゃんたちの経験を聞かせていただく。
都会にはなかなかない、タテのつながり。
自分たちにとってはもちろん勉強になるが、
きっとじいちゃん達も得ることがあるんだと思う。
まさにWin-Win。
改めてこの価値を実感したのでした。
んで、翌日、同行した皆さんが帰京した後
自分だけ残って紹介してもらった農家さんのところへ・・・
以下、報告メール添付。
ご紹介いただいた
橋本さんご夫婦が営む「土遊野」に行ってきました。
越中八尾駅に車で迎えに来ていただき、
15分くらいでしょうか?地名は「土」。
集落は他に誰も住んでおらず、
橋本さんの家と、研修生が空き家に住んでいます。
道中に富山平野の夜景を見下ろしながら山を登り
家の前に降り立った瞬間、空気が違うのが分かりました。
その夜は、無農薬玄米や自家製無農薬有機栽培の野菜など
全て土遊野で取れたもので作った手料理を
ご馳走になり、夜中まで話をさせていただきました。
折しも、伊藤ハムのソーセージ回収のニュースが流れていて
日本の食や農の問題を話していると、
橋本さん夫婦の農業にかける想いが
ぐさぐさっと僕の心を刺しました。
無農薬の農産物を作りながら、
ごまかしのない人生を生きている。
一言で言うと
そんな印象でした。
そして、順子さんの、
「東京こそが限界集落だと思う」という言葉を
無限に可能性の広がる"限界集落"で聞いたことで
妙にしっくりきてしまいました。
小菅沼で聞いたら違和感があったと思うのですが
この差はなんなのか、、
皆さんだったらどう思いますか??
東京は限界なのか!?^^
土遊野は
元々の住民が持っていた休耕田を借り受けているため
けっこう広大な農地があります。(広さは忘れました(笑)
売上げは、ファームステイも含めると1500万円くらいあるとのこと。
鶏と米がメインのようですが、
他にもヤギや果樹、野菜が本当に多品種ありました。
鶏舎で集卵作業をお手伝いしたのですが
集めている最中にも
"ごろん"と卵が生み出されます。
持つと、ぬるっと膜ができていて温かい。
「そっか、卵も生みたては温かいんだな」
と、示唆深い経験でした。
ぼくらが手にする卵は冷たいのが当たり前。
こんな当たり前のことも分からなくなってるんだなーと
自らの無知さを実感。
また、マイクロ水力発電のモデル取り組みがもうすぐ開始するようです。
これによって、家庭の電気+電気自動車の充電が可能になり
エネルギーもほぼ自給ができるようになるそうです。
あ、そうそう、
行った翌日が米の収穫打ち上げの日で
運良く(悪く?)居合わせてしまったので
みなさんと一緒にキリタンポを作って食べました!
研修生の方が3人と、
研修中に一緒に住んでいる家族の方らと
一緒に囲炉裏をかこんで昼間から日本酒を…
かなり贅沢な一日でした。
まだまだ書きたいことがあるのですが、
時間もないのでこの辺でとどめます;
本当に無限の可能性を秘めている地域でした。
そして僕なりの
限界集落に関する結論は、
「モノではなく、ココロの問題」
ということです。
たしかに猿、利便性、米価低下は問題だけれども
奥深い自然を「美しい」と取るか「不便だ」と取るかは
ココロの問題だということ。
行政の取り組みによって、
バスが走って
米の値段が上がって
猿がいなくなっても
ココロが豊かになるかどうかは別問題。
土遊野の
「遊」=わくわくする心
だと順子さんが言っていたのですが
この辺りがカギになるんじゃないかなと思いました。
そんなわけで、
やっぱり限界集落は宝物の山でした。
**おしまい**
ちなみに、小菅沼でのワークショップではネガティブな意見が多かった。
利便性が悪い、
農産物の価格が下がっている、
猿や熊が出る、
高齢化が進んでいる、、
だから、集落は発展しない、と。
果たしてそうなのだろうか??
土遊野は、集落に一軒だけで住んでいるけど
そこは無限の可能性があると感じさせる。
一度の旅で、
この差を体感できたことは本当によかった。
山本さん、ありがとうございます!
報告メールに書いたものがあったので貼り付けてみます。
ちなみに、この前には富山県魚津にある小菅沼地区という
限界集落(※)の耕作放棄地の有効利用に関する
ワークショップなどを住民の方と一緒にさせていただいた。
(※限界集落とは、住民の50%以上が65歳以上の集落を言う)
⇒http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%90%E7%95%8C%E9%9B%86%E8%90%BD
・・・とは言っても、
形式的なワークショップの時間は少しだけで、
草刈りを手伝ったり、種を撒きをしたり。
でも一番は、
すっごく趣のある古民家で
囲炉裏を囲って地元の山菜料理などをつまみながら
お酒を飲み、語りあったことがメインだった気がする^^
囲炉裏でしいたけやらお餅を焼きながら
じいちゃんたちの経験を聞かせていただく。
都会にはなかなかない、タテのつながり。
自分たちにとってはもちろん勉強になるが、
きっとじいちゃん達も得ることがあるんだと思う。
まさにWin-Win。
改めてこの価値を実感したのでした。
んで、翌日、同行した皆さんが帰京した後
自分だけ残って紹介してもらった農家さんのところへ・・・
以下、報告メール添付。
ご紹介いただいた
橋本さんご夫婦が営む「土遊野」に行ってきました。
越中八尾駅に車で迎えに来ていただき、
15分くらいでしょうか?地名は「土」。
集落は他に誰も住んでおらず、
橋本さんの家と、研修生が空き家に住んでいます。
道中に富山平野の夜景を見下ろしながら山を登り
家の前に降り立った瞬間、空気が違うのが分かりました。
その夜は、無農薬玄米や自家製無農薬有機栽培の野菜など
全て土遊野で取れたもので作った手料理を
ご馳走になり、夜中まで話をさせていただきました。
折しも、伊藤ハムのソーセージ回収のニュースが流れていて
日本の食や農の問題を話していると、
橋本さん夫婦の農業にかける想いが
ぐさぐさっと僕の心を刺しました。
無農薬の農産物を作りながら、
ごまかしのない人生を生きている。
一言で言うと
そんな印象でした。
そして、順子さんの、
「東京こそが限界集落だと思う」という言葉を
無限に可能性の広がる"限界集落"で聞いたことで
妙にしっくりきてしまいました。
小菅沼で聞いたら違和感があったと思うのですが
この差はなんなのか、、
皆さんだったらどう思いますか??
東京は限界なのか!?^^
土遊野は
元々の住民が持っていた休耕田を借り受けているため
けっこう広大な農地があります。(広さは忘れました(笑)
売上げは、ファームステイも含めると1500万円くらいあるとのこと。
鶏と米がメインのようですが、
他にもヤギや果樹、野菜が本当に多品種ありました。
鶏舎で集卵作業をお手伝いしたのですが
集めている最中にも
"ごろん"と卵が生み出されます。
持つと、ぬるっと膜ができていて温かい。
「そっか、卵も生みたては温かいんだな」
と、示唆深い経験でした。
ぼくらが手にする卵は冷たいのが当たり前。
こんな当たり前のことも分からなくなってるんだなーと
自らの無知さを実感。
また、マイクロ水力発電のモデル取り組みがもうすぐ開始するようです。
これによって、家庭の電気+電気自動車の充電が可能になり
エネルギーもほぼ自給ができるようになるそうです。
あ、そうそう、
行った翌日が米の収穫打ち上げの日で
運良く(悪く?)居合わせてしまったので
みなさんと一緒にキリタンポを作って食べました!
研修生の方が3人と、
研修中に一緒に住んでいる家族の方らと
一緒に囲炉裏をかこんで昼間から日本酒を…
かなり贅沢な一日でした。
まだまだ書きたいことがあるのですが、
時間もないのでこの辺でとどめます;
本当に無限の可能性を秘めている地域でした。
そして僕なりの
限界集落に関する結論は、
「モノではなく、ココロの問題」
ということです。
たしかに猿、利便性、米価低下は問題だけれども
奥深い自然を「美しい」と取るか「不便だ」と取るかは
ココロの問題だということ。
行政の取り組みによって、
バスが走って
米の値段が上がって
猿がいなくなっても
ココロが豊かになるかどうかは別問題。
土遊野の
「遊」=わくわくする心
だと順子さんが言っていたのですが
この辺りがカギになるんじゃないかなと思いました。
そんなわけで、
やっぱり限界集落は宝物の山でした。
**おしまい**
ちなみに、小菅沼でのワークショップではネガティブな意見が多かった。
利便性が悪い、
農産物の価格が下がっている、
猿や熊が出る、
高齢化が進んでいる、、
だから、集落は発展しない、と。
果たしてそうなのだろうか??
土遊野は、集落に一軒だけで住んでいるけど
そこは無限の可能性があると感じさせる。
一度の旅で、
この差を体感できたことは本当によかった。
山本さん、ありがとうございます!
2008年11月1日土曜日
【10月31日】人生=作品。
どんなに格好悪くて不器用でも
自分の信じた道を納得して歩みたい。
人生最大のリスクは、
未来の自分の後悔。
死ぬ時に、
「ああ、最高の人生だった」と言える瞬間を積み重ねること。
別に
最短距離を行くことじゃない、
周りより早く走ることじゃない、
失敗しないことなんじゃない。
自分が死ぬ間際に、
全ての人に「旅行記」が出版されると考えよう。
そこには人生のあらゆるシーンが
写真と共に紹介されているとする。
どんな内容が書かれていて欲しいだろう。
ぼくはそれを、
最高の旅行記にしたいと思う。
だから、
思わず天国でもにやけてしまうくらいの
とびっきりの作品を生きたい。
ちょっとくらい山あり谷の方が楽しいし、
ちょっとくらい葛藤や矛盾があった方が盛り上がる。
そこになにが書かれているか。
それは自分を欺けないものだと思う。
がんばろーっと。
自分の信じた道を納得して歩みたい。
人生最大のリスクは、
未来の自分の後悔。
死ぬ時に、
「ああ、最高の人生だった」と言える瞬間を積み重ねること。
別に
最短距離を行くことじゃない、
周りより早く走ることじゃない、
失敗しないことなんじゃない。
自分が死ぬ間際に、
全ての人に「旅行記」が出版されると考えよう。
そこには人生のあらゆるシーンが
写真と共に紹介されているとする。
どんな内容が書かれていて欲しいだろう。
ぼくはそれを、
最高の旅行記にしたいと思う。
だから、
思わず天国でもにやけてしまうくらいの
とびっきりの作品を生きたい。
ちょっとくらい山あり谷の方が楽しいし、
ちょっとくらい葛藤や矛盾があった方が盛り上がる。
そこになにが書かれているか。
それは自分を欺けないものだと思う。
がんばろーっと。
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