このところ、
一日の価値が高まってきた。
久しぶりだ。
ひょっとしたら大学3年生以来かもしれない。
とは言っても、
別に毎日ポジティブというわけではなくて、、
順調だと思って、
いい気になって走っていると、
ずぼっと溝にはめてくれる人がいる。
足を取られて、考える。悩む。葛藤する。
自分の未熟さに落胆する。
圧倒的に、足りない。
でも、
悩んでいてもなにもはじまらない。
まずは、足りないものを認識しよう。
そして、
それが自分にとって
どれくらい必要なことなのかを考えよう。
かなり必要なことならば、
今すぐ小さな一歩を踏み出そう。
そう思って、
昨日も一冊の本を買った。
最近は、
こういう衝動的行動を大切にしている。
鉄は熱い打ちしか変型できないのと同様、
自分も想いが熱いうちしか行動が生まれない。
そんなことが分かったから。
自分のクセを知ることは、
自分をマネージする上で結構大事なんだなと
そんな当たり前のことに今頃気がつきました。
と、またテーマから逸れてしまう。
どうも到達点を定めて、
そこに向かうことが苦手だ。
今、文章を書きながら、
また当たり前の自分に気づいてしまった。
んー。
人生もそうやし、誰かと話していてもそうやな。
変えたくないところもあるけど
少し変えたほうがいいかなと思う。
この気持ちもまた、大切にしないとな。
さて、本題に戻す。
昨日、尊敬している先輩の一人に
自分のことを話した後に言われたことがある。
「Howにこだわりすぎるところがあるよね。
Whyの方ももうちょっと磨いてみたら?」
この言葉、その時は分からなかったけど
よくよく考えてみると結構納得できた。
Whyを大切にしていないわけじゃないけど、
ニュートラルに自分の価値観と向き合うことを恐れていたかもしれない、、
哲学、思想的なことに関して
いろいろかじるけど
しっかり学ぶことを避けていた。
立ち止まって、
自分の価値観に向き合うことなく
いつも即興で垂れ流してしまう。
言語化するための静寂を持つことを避けていた。
だから、
人に伝わらないことを恐れて
人に伝えることを避けてしまう。
それは、
「他人のことは気にしない」と思っていたが、
実は誰よりも他人に受け入れられないことを恐れていた…
ということなのかもしれない。
自分の認識している自分と逆の自分。
実際にそうなのか、
そうじゃないのか、
今の時点で断言はできない。
でも、、
だからこそ
分かりやすい行動レベルの選択にこだわって
いろんなことをごまかしていた。
そうかもしれない。
昨晩、冷たくなった風を感じながら
夜道を歩いていて気づいてしまった事実。
そして、
今日一日考えて出した結論、
絶望するくらいの壁にぶち当たるまではHowにこだわる!
自分の弱い部分に目を向けて、Whyと向き合い続ける!
こんな稚拙な結論が、
自分らしくて好きだったりする。
今日も、
理想の自分に及ばない自分に
ちょっと失望しながら・・・
でも明るい未来を描いて走り出す。
今を生きる。
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