続けて、
昨日ふと思ったことがある。
≪人間は闘う(戦う)生き物なのか?≫
ということ。
おれは常々、
「自分と自分の周りの人が笑顔で幸せでいてくれること」
が自分の夢だって言ってる。
抽象的だけど、
いろんなことを削ぎ落としていったら
今の所はこんな感じに落ち着いている。
ちなみに、
「自分の周りの人」っていうのは実は結構広い。
去年、ミクロネシア連邦のヤップ島(今でも石のお金が使われてる島)に滞在したけど
そこにいるホストファミリーや友達は既に
幸せになってもらわないといけない「自分の周りの人」だ。
中国で会った友達も、
アメリカに留学している友達も、
カンボジアで仕事をしている友達も。
これから先ももっと多くの人と出会っていくだろう。
そして幸せになってもらいたい「自分の周りの人」が増えていく。
これって素敵なことだと思う。
けれども一方で、
台風が来たってニュースがあると心配になるし、
テロが起きたっていったら心は穏やかじゃない。
だからもちろん戦争なんてもっての他だ。
社会や文化が違う人がいたら
価値観も違って当然だと思う。
あらゆることについて自分のモノサシだけで
「間違っている」と断定することはできない。
そう思う。
でも、唯一、これだけは言い切りたいのは
「人は、他人を傷つける権利はないということ」
戦争は、いろいろな大義名分を掲げてはじまる。
でも、人の命よりも重いものはないと信じたい。
やれ左だ、右だ、とそんなことはどうでもいい。
どれだけエコを進めても、
地球のためにあなたが死ねないのと同様に、
国家のために人を殺していいはずがない。
これは真実じゃないのか?
そんなことを浪人時代ぶりに
悶々と思考していたのだけれども、
ふと昨日テレビをつけたらK-1がやっていた。
魔裟斗vs佐藤の一戦は歴史に残る名試合だったと思う。
で、非常にエキサイトしながら見ていると、
ふと気づいてしまった。
これは男の血が騒ぐという感覚なのかと。
理屈じゃなく、
DNAレベルで興奮している感じだった。
そして思ったのは、
『人は闘う生き物なのかもしれない』ということ。
戦争を肯定する人の中には、
こういう感覚を持っている人もいるんだろうか。
現に、古代ローマ?の時代から
グラディエーターみたいな事実はあったわけで
戦争だって有史以来ずっと続いているんだろうから。
戦争はなくならないんだろうか・・・。
近いうちに勉強会でも開いてみよう。
ぜひともいろんな意見をもとに議論してみたい。
(あぁ、また長くなってしまった…ヤバイ;)
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